無収入寿命について経営者に話を聞くと、「1ヵ月分しかない」と言う人がいる。

 それでは売上ゼロになったら、即、つぶれてしまう。

 経営にアクシデントはつきもの。自社の過失だけでなく、災害や感染症の影響を受けることもある。無収入寿命の目標を達成していれば、経営者の精神的な安定度合がまったく違ってくるのだ。

 私は無収入寿命という考え方を創業1年目から持っていた。

 現金ベースで経営していると、手元資金がないと、すぐにつぶれる。

 もちろん、創業当初はなかなか利益が上がらず、手元資金はわずかだった。

 それでも松下氏が言うように「ダムをつくろう」と意識し、手元資金を少しずつ増やしていた。

 企業財務のアナリストの中には、

「『北の達人』は現金預金が多い。M&Aで他社を買収するのではないか」

 と思っていた人がいたが、「無収入寿命のため」とわかり、驚いていた。

 ある銀行の営業マンから、

「御社の貸借対照表を見ると、現金預金がプールされていますね」
「剰余金がずいぶんありますね」

 などと指摘されることがある。その後に、

「現金預金がたくさんあるのは新しい方向性を模索していない証拠です」
「もっとお金を活かさなくてはなりません。こちらの証券を購入しませんか」
「新しい会社を買ったらどうですか」
「もっと設備投資をしましょう。つきましてはこんな物件がありまして……」

 などとある意味、「上昇志向もどき」の提案をしてくる。

 だからこそ、多くの経営者は売上志向になり、「現金預金がたまっているのは悪」のように感じるのだろう。

 経営者の立場から言えば、会社のピンチを救うのは現金預金しかない。キャッシュがあれば、赤字になったときに備え、どんなトラブルやアクシデントにも対処できる。設備投資が必要なときにも現金で買える。

 借金までして大型の設備投資をしたら、会社のアクシデント耐性が劇的に下がることを意識しておく必要がある。