『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』が、20万部を突破。分厚い788ページ、価格は税込3000円超、著者は正体を明かしていない「読書猿」……発売直後は多くの書店で完売が続出するという、異例づくしのヒットとなった。なぜ、本書はこれほど多くの人をひきつけているのか。この本を推してくれたキーパーソンへのインタビューで、その裏側に迫る。
今回インタビューしたのは、『独学大全』のブックデザインを手がけたセプテンバーカウボーイの吉岡秀典さん。必ず原稿を読んでからデザインを考えるという吉岡さんに、制作の裏側を聞いた。(取材・構成/編集部)

3000円超で20万部! 高額でもやたら売れる異例ベストセラーに隠された「デザインの秘密」ベスト5

5位:なぜカバーは「黒い」のか?

――『独学大全』がベストセラーになった要因のひとつが装丁のインパクトだと思っているのですが、「どうしてあの装丁なんですか?」「なぜ、カバーは黒にしたんですか? もっとシンプルに、白い紙にに黒文字とかの方が王道では」など、デザインに関する質問をよく受けるんです。

吉岡秀典さん(以下、吉岡) えっ、白い紙に黒文字ですか! それは1ミリたりとも考えませんでしたねーっ(笑)。

 自分は仕事で「カバーのみ」を単体でデザインすることはほとんどないんです。編集さんにご相談して、1冊丸ごとの「造本設計」をさせてもらうようにしています。

 手順としてはまず、原稿を読む(見る)。さらにその原稿をデータ上で触りながら、中面のページをデザインする。その作業をしているうちに、内容を理解して、自分のイメージが深まっていきます。最初に大事なのは中身で、自然にカバーデザインは決まってきますね。人間で言えば、中面は「内面・本質」、カバーは「外見・お化粧」みたいなイメージです。

 今回のデザインの核になっているのはテーマである「独学」という言葉です。企画の説明を聞いたとき、このタイミングで「独学」というテーマで本を出すことが、とても新鮮だと感じました。独学のイメージを僕なりに言語化すると「他人が関与できない神聖な洞窟に入り込み、自分の興味に深く深く突き進んでいく姿」だなと。それで、カバーは「ほの暗い色」にしようと自然に決まりました。

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4位:「独学」の文字はオリジナルの書体

――「独学」という言葉がデザインの核になったんですね。『独学大全』の文字の中でも「独学」の文字が目立っていました。

吉岡 はい、カバー色と同じくなのですが、タイトル部分も「独学」の独特さを表すには、ある種の「クセ」が必要だと思いまして、ありものの書体ではなくこの本用のタイトル文字は手書きで作っていこうと思いました。

――すごいこだわりですね。吉岡さんデザインの本は書店で「目立つ」「売れる」と言われますが、本をデザインするときはどんなことを意識していらっしゃいますか?

吉岡 「目立つ」「売れる」と言ってもらえるのは嬉しいですねーっ。

 デザインが「その本らしいか」どうか、そして、その本を「求めている人に届くかどうか」ってところはすごく気にして作っていると思います。どんな良い本があっても、その内容を欲しいと思っている人に見つけて(反応して)もらえなかったら意味がないと思うので。

3000円超で20万部! 高額でもやたら売れる異例ベストセラーに隠された「デザインの秘密」ベスト5吉岡さんが作成した「独学」の文字(オリジナルの書体)

 自分的には「その本らしさ」と「どう届けるか」は「目立つ・売れる」にめちゃくちゃ繋がってくる部分じゃないかなと思っているんです。

 本としての理想的な状態は、その本でしか使えない(成り立たない)ような仕組みが作れるていることですね。どのような本でも、ターゲットや本の方向性などで似た部分は出てきてしまうと思うのですが、その中でもどこか一箇所でも、その本にしかない(成り立たない)魅力があると思うんです。その部分を、ターゲットになりうるであろう人たちに反応してもらえるくらい増幅させる。そうすれば「目立つ・売れる」というような状況になってくれるのだと思います。今回の『独学大全』はコンセプトがかなり明確だったので、「その本らしさ」と「どう届けるか」を考えるのもすごくスムーズでした。

 あと、自分自身の「生物的な反応」をすごく大事にしています。パッと見の零コンマ何秒で「おっ」と反応するかしないかの無意識的領域のところですね。

――なるほど!『独学大全』の序文に出てくる「システム1」ですね。まさに人間の仕様を考えてデザインされている……!!

吉岡  新人時代にお世話になった会社、コズフィッシュの祖父江慎さんが本当にいい意味で「赤ちゃん」みたいな人だったんです。赤ちゃんて、行動が「生物的な反応」の塊ですよね。気持ちよければ笑う、不快なら泣く。祖父江さんも同じで、いいデザイン=その本らしさをちゃんと活かせたときは、ニコニコ喜んでくれる。反対に、ちょっとイマイチだと、ものすごく悲しそうな顔をするんです(笑)。それでかなり鍛えられて、「変なロジック」とか「社会的な常識」とかにとらわれずデザインを評価する習慣が身についたと思います。

3位:「無知くんと親父さん」の秘密

――この本をぐっと読みやすく、親しみやすくしてくれたのが「無知くん」と「親父さん」のイラストでした。あのキャラは、どんな経緯で生まれたのでしょうか?

吉岡 著者の読書猿さんにもお会いして『独学大全』の企画の説明をしてもらったとき、「究極の水先案内本だ! もっと若いときに出会いたかった!」と感動しました。一方で、かなりの専門的な情報も含まれ、分厚くなることも見えていました。だから「とっつきづらい印象になってしまうのはもったいないな」とも思ったんです。

 デザインの役割は、その本の「弱点になりそうなところ」を取り除いてあげることでもあります。この本の知性的な部分や品のよさは活かしつつも、「軽やかで親しみやすい印象」にするために、イラストを使わせてもらえたらと思いました。

――キャラクターが人間ではなく「動物」なのが、いい味を出していますよね。

 はい。自分の中では動物が良いなというのは、親父さんと無知くん二人の会話を読んでいるときに出てきましたね。

 無知くんと親父さんは、結構キャラクターが濃いですよね。そこが魅力なんですが、もし人間のキャラクターにしたら、本に対して少しマニアックなイメージがついてしまったかもしれません。

――絵柄の内容はどのように決めたのですか。

吉岡 イラストレーターさんも、不思議な魅力のある動物を描いていただける方、ということで塩川いづみさんにご依頼しました。対話は他のところを読んでいる途中の息抜きみたいなもの。塩川さんと相談して、読者の方が飽きないよう絵に変化をつけるようにしました。実は、1冊読むと「春夏秋冬」の季節が1周する設定になっているんです。無知くんが成長する時間の流れを表現しました。

3000円超で20万部! 高額でもやたら売れる異例ベストセラーに隠された「デザインの秘密」ベスト5夏と冬のイラスト。本全体では、16シチュエーションが描かれている。(イラスト:塩川いづみ)