「有効需要が欠如している状況でのサプライサイドの改革は失業を増大させる等、有害であるのみならず成長にはつながらないし、供給はそれ自身の需要を創出するわけではないのであるし、実際、需要を弱め、GDPを減らすことになる。サプララサイドの政策は需要と一体で機能するのであり、例えば、技術開発投資、人材育成投資、働きやすい環境の整備(公共交通の充実、育児休暇や傷病休暇等)」

 といった政策が有効といったものである。

 その際には、安倍官邸にはまともに受け入れられなかったようであるが(そもそも理解出来なかったのではないかとの疑いもあるが)、やっとそうした主張・考え方が日の目をみるようになったということであろう。

「大規模・長期・計画的」な財政出動が不可欠

 そして、ここが最も重要であるが、「新機軸」における財政出動を、「大規模・長期・計画的」としている。

 その背景・根拠として、同資料の「マクロ経済政策の新たな見方」において、次の3点を指摘している。
(1)低インフレ、低金利においては、財政政策の役割も重要
(2)コロナ禍による総需要の急減は、低成長を恒久化する恐れがある(履歴効果)。財政政策によって総需要不足を解消し、マイルドなインフレ(高圧経済)を実現することは、民間投資を促し、長期の成長を実現するためにも必要
(3)コロナ対策やマイルドなインフレを実現するための財政支出の拡大は、財政収支を悪化させるが、超低金利下では、そのコストは小さい

 実際、10年ものの日本国債の利回りはずっと低下してきており、近年ではほぼ横ばい状態であり、緊縮財政派がさんざん脅かしてきた「金利の急騰」などは起きていないし、起こる兆しもない。

 つまり、「民間任せ」「市場任せ」ではなく、政府が主体的かつ大きな役割を果たすべく、長期的な視点に立って、大規模な財政支出によって経済産業政策を運営していくべきであるということであり、これまでの「小さな政府」的な発想に基づく政策の否定であり、そこからの大転換である。

 もちろん、この経産省の打ち出した「新規軸」には、強い抵抗も予想される。例えば、直近で閣議決定されることが予定されている「経済財政運営と改革の基本方針」、いわゆる「骨太の方針」では、昨年は記載されなかったプライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化目標が、年限は示されないものの、記載される方向であり、「経済産業政策の新機軸」において示された方向性とは相反することになりそうである。

日本が「成長するか、貧国化するか」の瀬戸際

 しかし、世界的な潮流を見ても、また新型コロナショックという危機への対応という観点に立っても、大規模な財政出動と国の役割の増大・強化への転換は当然のことである。そもそもプライマリーバランスの黒字化などという財政規律や目標を掲げている主要国は日本だけである。

 主要各国が大規模な財政支出と、国が前面に出た経済産業政策を着々と進めていく中で、日本だけがそうしたものに背を向けていれば、日本は成長しないどころか、貧国化への道を着実に進むことになるだけである。

 先にも示したとおり、財政拡大を続けても我が国は何ら問題がないのであるから、日本が先進国だったという話が遠い昔の話として語られることがないよう、政治家を筆頭に、官僚、地方公務員、専門家、事業者、そして国民全体が、財政政策と経済産業政策の両面における国の役割の重要性と拡大について、それを是とし、それを当然とする方向へ早急に転換していくことが求められよう。

 今後の議論のさらなる進展に期待するとともに、「緊縮財政」や「小さな政府」といった、ある種時代遅れな考え方に囚われて、それを狂信的に固守する勢力に足を引っ張られたりすることがないよう、関係各位の尽力を強く希望したい。

室伏謙一(むろふし・けんいち)

昭和47年静岡県生まれ。静岡聖光学院高校卒業、国際基督教大学(ICU)教養学部卒業、慶應義塾大学大学院法学研究科修了(法学修士)。
総務省、株式会社三井物産戦略研究所、デロイトトーマツコンサルティング合同会社、みんなの党代表(当時)渡辺喜美衆議院議員政策担当秘書、外資系コンサルティング会社等を経て、政策コンサルタントとして独立、室伏政策研究室(「◯◯と政策をつなぐ研究室」)を設立し現在に至る。
政財官での実績を生かし、国会議員、地方議員の政策アドヴァイザーや民間企業・団体向けの政策の企画・立案、対政府渉外活動の支援、政治・政策関連のメディア活動等に従事。