スマホの普及で
得たものと失ったもの

 スマホとどのように付き合っていけばいいのか。

「デジタルテクノロジーは素晴らしい。しかしそこにはダークサイドもあります」

 たとえば、人間は同時にいくつものことを処理するマルチタスクが苦手だ。ながら勉強は脳には向かない。必然的にシングルタスクを切り替えながら行うことになるが、それは脳の使い方としては非効率だ。

「脳は気が散りやすいのです。それは生存のために常に周りに気を配らなくてはならなかった名残です。そうしなければ、動物に襲われたり病気にかかったりしてすぐに死んでしまいます」

 生き残るには注意を周りに向けつつ、深く集中する必要があります。生きるために深く集中するには、周りの情報を遮断しなければならない。しかしスマホはその逆のことを要求する。スマホは「スマホに集中すること」を求めるのだ。

 さらにスマホのコンテンツは、自分と他人を比較する。

「誰かと自分を比較することはストレスですが、SNSはそれを求めます。SNSで他人と自分を常に比較することは、精神に非常に悪い影響を与えます。自分がSNSのヒエラエルキーの下方にいると思えば、不安やうつは悪化します。自分はみんなよりダメだと考えてしまうのです」

 私たちは何時間もスマホをのぞき込み、そこでは広告やSNSが「あなたは他人より遅れている、劣っている」と語り掛けてくる。

 ここ最近、私たちは他人に共感する力を失っているのだという。

「今は誰もが個人放送局で、自分に注目を集めようとする時代です。それが共感性に影響しているのかもしれません」

 スマホがさまざまな利便性をもたらす一方で、私たちは何を失ったのか。

「私たちはスマホを使い出してから、眠らなくなり、運動をしなくなり、人と会わなくなりました。これが代償です。私たちがテクノロジーに合わせてはいけない。テクノロジーが私たちに合わせるべきなのです」

 ネットサービスにとって、私たちは客ではないとハンセン氏。

「私たちは商品なんです。私たちの注意を奪い、それを広告主に売っている」

 スマホとは何なのか、デジタル化は善なのか悪なのか、私たちは議論すべき時と場所に立っている。