老化に人類が介入できる時代

吉森 そうですね。「オートファジー」は日本語では自食作用と呼ばれています。ギリシャ語で食べるという意味の「ファジー」に「オート(自ら)」をくっつけた造語で、その名前の通り、動物や植物が細胞内で自分のタンパク質などを分解して栄養分に変えて生き延びる現象として理解されてきました。

 半世紀以上前にこの現象自体はわかっていたんですが、仕組みがよくわからないこともあり、生物学者の中でもほとんど知られていなかったんですね。30年程前は私たちが「自食」「自食」と言っていると、他の分野の学者から「辞職するんですか」とからかわれたほどです。

 研究が進んで、栄養を作るだけではなく細胞内部の新陳代謝を行ったり、有害物を除去する役割もあることがわかり、それらが哺乳類つまりヒトで大事だと言うことがわかったりしたことで、一気に注目が増しました。大学院生向けの有名な生物学の本(『Molecular Biology of the Cell』)では、昔は1行の扱いだったのが年々イラストが大きく、説明が細かくなり、感慨深いですよ。

竹内 本でも触れていましたが、最近では老化や病気に深く関わることもわかってきて、さらに関心が高まりそうですよね。

ノーベル賞受賞者の共同研究者が語る「老化」に人類が介入できる時代がやってきた!竹内 薫(たけうち・かおる)
1960年東京生まれ。理学博士、サイエンス作家。東京大学教養学部、理学部卒業、カナダ・マギル大学大学院博士課程修了。小説、エッセイ、翻訳など幅広い分野で活躍している。主な訳書に『宇宙の始まりと終わりはなぜ同じなのか』(ロジャー・ペンローズ著、新潮社)、『奇跡の脳』(ジル・ボルト・テイラー著、新潮文庫)、『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』(ポール・ナース著、ダイヤモンド社)などがある。

吉森 はい。オートファジーがどのように働いているかはまだはっきりしていないのですが、オートファジーと老化に関係性があることは明らかになってきています。

 これは、自画自賛になってしまいますが、私が発見した「ルビコン」と呼ばれるたんぱく質の存在がカギを握っています。オートファジーを促すタンパク質はいくつもあるんですが、ルビコンはオートファジーにブレーキをかけるんですね。これが加齢と共に増えるので、オートファジーも低下します。

 実際、動物実験では遺伝子操作でルビコンの働きを抑えたところ、オートファジーの活性が維持され、その結果寿命が延びました。しかも寿命が延びただけでなく、老いても活発に動き続け、お年寄りがなりやすいパーキンソン病や腎臓の線維化などの病気が抑制されることもわかりました。つまり、オートファジーの低下を防ぐと健康長寿になるのです。

竹内 老化は死と同じで避けられないと考えられていましたが、必然ではなくなる時代がすぐそこまできているんですね。

吉森 私からすると、恒常性が維持されれば細胞は死ぬはずはなく、老化は起きないんですね。最近ベストセラーになっている『LIFESPAN ライフスパン 老いなき世界』で著者のデビッド・シンクレア教授が老化は細胞の劣化で病気だと指摘しています。病気だから老化は防げる、治せるという主張ですね。

 私の見解は少し違っていて、老化はプログラムだと考えています。アホウドリのように老化しない生き物もいますから、生き物が老化する必然性はありません。進化の長い歴史の中でヒトにプログラムされていったと考えています。

竹内 見解は違っても、シンクレア教授も吉森先生も結論は一緒で老化には人が介入できるということですね。

吉森 はい。ですから、恒常性の維持という観点では細胞を入れ替えたり、有害物を除去したりするオートファジーは重要だということになります。

 ルビコンを抑えることで、高脂肪食で起こる生活習慣病である脂肪肝を防ぐことができることも解明され始めています。手前味噌になりますが、オートファジーはこれから目がますます離せない分野になると思いますよ(笑)。