科学的思考の身につけ方

竹内 『LIFE SCIENCE 長生きせざるをえない時代の生命科学講義』ではその対策として、論理的に考える「科学的思考」の重要性について多くのページを割かれていますね。

吉森 はい。例えば未知のウイルスを想定してください。私たちの生活を大きく左右する問題ですが、多くの人は最初から判断を全て科学者に委ねてしまいます。自分なりに考えようとしても、報道を見たり聞いたりしたところで、いろいろな専門家が全く異なることを主張していて判断に困る人も少なくないはずです。

 これは今回のコロナ禍でもみなさん経験されたのではないでしょうか。未知のウイルスにどう対応するかは答えはすぐに出ないにしても、専門家でない皆さんも論理的に考える力を身に付ければ明らかなエセ科学やエセ科学やインチキ科学を見破る思考は可能なんですね。

竹内 先生は相関関係と因果関係の見極めが大事だと指摘されています。

 相関関係は、統計上、2つの数字に関係があるように見える場合で、たとえば比例しているように見える。でも、その2つが、それこそ季節変動や人口分布のようなことが理由で、たまたま同じ挙動を示しているに過ぎないかもしれない。

 一方、因果関係は、あるできごとAが原因となって、別のできごとBという結果につながるわけですね。ですから、いろいろな数字を見ていても、それが相関関係にすぎないのか、因果関係があるのかを見極めないといけないわけですね。

 新型コロナウイルスの報道を見ていても、相関関係と因果関係を同一に扱って議論している識者も見受けられましたね。

吉森 はい。決して、相関関係のデータが使えないわけではありません。人間の営みは実験できない場合が大半ですから、相関関係に頼るしかない面もあります。相関データを積み重ねれば有力な仮説にもなります。ただ、竹内さんが指摘されたように、相関関係と因果関係とは分けて考えるのが基本です。これは学問の基本ですが、意外にも徹底されていません。

 学生を見ていても、偏差値が高い学生でもわかっていない場合が多いんですね。今の教育では、知識を詰め込まれるだけで、その知識がいかに生まれたかという視点は教わりませんから。知識は検索すれば出てくる時代ですから、考え方がますます重要になるはずです。

 例えば、加齢によってルビコンが増えてオートファジーが下がったというのは相関関係です。オートファジーの低下はルビコンが増えたせいかどうか、つまり因果関係はルビコンをなくす実験をしてみないと分かりません.動物の遺伝子操作実験でルビコンを人為的になくしたら、歳を取ってもオートファジーが下がらなかったので因果関係があることが判明したのです。相関関係だけでは、オートファジーが下がった原因はルビコン以外にあるかもしれません。

竹内 教科書だと知識が生み出された過程を知ることはできませんが、実際はそこが面白いんですよね。『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』でも、劇的な描写があります。

いますぐ実践できる!『LIFE SCIENCE』著者が教える「科学的思考」を身につける方法竹内薫(たけうち・かおる)
1960年東京生まれ。理学博士、サイエンス作家。東京大学教養学部、理学部卒業、カナダ・マギル大学大学院博士課程修了。小説、エッセイ、翻訳など幅広い分野で活躍している。主な訳書に『宇宙の始まりと終わりはなぜ同じなのか』(ロジャー・ペンローズ著、新潮社)、『奇跡の脳』(ジル・ボルト・テイラー著、新潮文庫)、『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』(ポール・ナース著、ダイヤモンド社)などがある。

 ポール・ナースは研究室から帰宅してお茶を飲んでいたのですが、酵母の変異細胞の実験で使ったペトリ皿を捨てたことに急に後悔の念に襲われます。いても立ってもいられなくなり、自転車に飛び乗って研究室に戻り、ゴミ箱からペトリ皿を回収します。そのペトリ皿の酵母細胞だけが、唯一、次のステップのブレークスルーになり、ノーベル賞にもつながります。

吉森 ポール・ナースほど劇的なのは滅多にありませんが、科学の歴史は偶然の発見や発明の連続なんですね。有名なのは抗生物質のペニシリンですね。アレクサンダー・フレミングが培養液に青カビを混入させたことで発見されました。これは片付けが苦手なフレミングが夏休みの間、研究室にシャーレを放置したことやロンドンの気象条件が重なり、偶然見つかったんですね。

 ただ、実験は方法にもよりますが、結果をある程度、予測して取りかかります。そうすると、実験している当事者は周りが見えなくなり、予測していない出来事に気がつかないことが多くなってしまいます。

竹内 シャーレを捨てて、そのまま家でお茶を飲んでいてノーベル賞を取り損なった人もいるかもしれないわけですね。

吉森 ええ、私ももしかしたらそうかもしれません(笑)。いや、でも本当にそういう人はいると思いますよ。結局、計画した実験の結果以外にどれだけ注意を払えるかが運命の分かれ道になります。科学者はみんな分かっていますが、最初から狙った通りの結果が出た研究はなかなか大発見・発明にはつながりませんね。

竹内 どうすれば予想外の出来事に注意を払えるかというと結局は研究が好きかどうかになりますよね。

吉森 ええ、私なんて細胞を見ているだけで楽しいんですよ。ですから、その醍醐味を科学の面白さを老若男女を問わず少しでも多くの人に気づいて欲しいですね。ポール・ナースも同じ気持ちだと思いますよ。

WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』と『LIFE SCIENCE 長生きせざるをえない時代の生命科学講義』を併せて読んでいただき、世界の見え方が少しでも変われば著者冥利に尽きますね。