ポストコロナの時代に求められるトランスフォーメーション

関根 イネーブリング・ファクターが医療に本格的に導入されることで、一人一人が自分の健康や幸福な生活の実現に主体的に取り組めるようになるでしょうか。

武部 私たちはイネーブリング・ファクターに満ちあふれた世界を目指しています。実は、この実現過程においては、生活者が主体的であるか、意識的であるかは問いません。これまで健康に関する研究と幸福に関する研究は、それぞれ長い間続けられてきましたが、それらを組み合わせる発想は意外にもほとんどありませんでした。その二つを結び付ける共通の要素を提示したのがイネーブリング・ファクターです。難しいのは、健康や幸福に対する考え方は人それぞれに異なることです。イネーブリング・ファクターの取り組みは、それぞれの人がそれぞれの形で健康で幸福になること支援するものでなければなりません。

 例えば、イネーブリング・ファクターが実装された都市を「イネーブリングシティ」と呼ぶとすれば、若者が面白さを感じる空間と、高齢者が安心して過ごせる空間を分けることで、多様な人たちがハッピーになることを目指す。それが、イネーブリングシティの方向性になるはずです。このような考え方をデベロッパーやゼネコンの皆さんに話すと、おおむね賛同していただけます。これは、都市づくりだけでなく、モビリティ、エコノミー、あるいは法律や政治などにも応用できる考え方です。

関根 コミュニティの在り方も変化しそうですね。

武部 すでにコミュニティは多層化していて、1人の人が企業、地域、デジタル空間など、さまざまなコミュニティに関わるようになっていますよね。日立製作所のグループ企業であるハピネスプラネットCEOの矢野和男さんは、一つのコミュニティの中だけでコミュニケーションが閉じていると、幸福度が下がるとおっしゃっています。逆に、異なるコミュニティ間で散発的にコミュニケーションが発生するほど幸福度は上がるそうです。それはまさしくイネーブリング・ファクターの一つと言っていいと思います。

 例えば会社の中でも、同じ部署とか、同じ職階の人たちだけとコミュニケーションを取り続けると不満が多くなりがちですが、異なるレイヤーの人たちと1日のうちに何度も会話できる仕組みをつくれば、ストレスがたまらなくなるといったことです。イネーブリング・ファクターを企業のガバナンスに導入することで、会社というコミュニティの質が上がることは十分にあり得ると思います。

関根 その視点は、ポストコロナの働き方のヒントにもなりそうです。

武部 おっしゃる通りですね。コロナ禍によって、社員全員が集まるオフィスを持つというこれまで当たり前だった会社の形が見直されるようになっています。もしオフィスを構えるなら、それなりの必然性や価値がなければならない。そんなふうに考える経営者も増えています。その価値をつくり出すためにイネーブリング・ファクターの考え方を導入することは、極めて有効だと思います。

 変化しているのは会社の在り方や働き方だけではありません。私が関わっている研究開発や実証実験のプロジェクトの中には、コロナ禍以降急速に進展したものが幾つもあります。コロナ禍によって、健康や幸福についてあらためて考えなければならない。社会も変革しなければならない。しかも、できるだけ迅速に――。そんな意識が高まっているためだと思います。ゼネコンやデベロッパーの皆さんが私の話に耳を傾けてくださるのも、そういった課題意識が広く共有されているからではないでしょうか。イネーブリング・ファクターは、社会のこれからのトランスフォーメーションに広く役立つ視点である。そう私は考えています。