その日、私は娘を連れてボルダリング教室に参加していました。実はもう何十年も階段以外のなにかを登った記憶などありません。先生はタトゥーの入った20代の若者で、バネのある手足、そしてチョークの粉で白くなった指先が印象的でした。子どもたちはキャンプ場に来たかのように歓喜の声をあげ、壁じゅうに付けられた幸運のマシュマロのような突起を興味津々といった様子で眺めていました。

 同伴者の親にも入場料が課されていたので、「それならば」ということで、私もシューズとハーネスを装備して参加することにしました。そこで誇らしげに、リードクライミングの初心者にしては「まずまずの難易度では!」と(自分的には)思える「5.8ポイント」のルートにトライしました。そして勝手ながら、自己満足しかけていたところ。この数字は、ボルダリングの難易度を示す評価のひとつリードグレード表示の数字ですが、その中でもこの「5.8ポイント」は初心者にとってのスタート・ポイント的な難易度であることと知らされます。あるクライマーが言っていたように、「そのポイントこそ、頂点を目指すための最初の階段さ」だったのです。

 そして私のやる気は、ここで大いに刺激されたのでした。

「大人が楽しんじゃダメだなんて、誰も言わない」

 これからは娘が冒険を楽しんでいる間、「クルマに座って、オンラインのチェス対局で時間をつぶすような真似はやめよう」と、その日を境に決意しました。「参加したからには体験しんなくては」という呪文のような言葉が、私の頭の中を回りはじめたのです。

 だからその次、娘のサーフィンレッスンに参加した私は、他の親たちのように我が子をビデオに収めることに夢中になるのではなく、娘たちに混じって一緒にレッスン用のボードを手にしたのです。

COURTESY TOM VANDERBILTCOURTESY TOM VANDERBILT

 さらに最近では、娘が地元でマウンテンバイクのコースに参加したのをきっかけに、(まあ数週間悩みはしましたが…)結局、自分用のマウンテンバイクを購入してしまいました。「まずはレベル1のコーチを目指すんだ!」と私は妻に真顔で告げて、高価な道具を買ってしまったことに対する言い訳にしたのです。

 そんな自分自身のことを冗談めかして、「gonzo Suzuki(変形スズキ)」と呼ぶようになりました。