「土地と資源」の奪い合いから、経済が見える! 仕事に効く「教養としての地理」
地理は、ただの暗記科目ではありません。農業や工業、貿易、交通、人口、宗教、言語にいたるまで、現代世界の「ありとあらゆる分野」を学ぶ学問です。また、2022年から高等学校教育で「地理総合」が必修科目となることが決定しました。
地理という“レンズ”を通せば、ダイナミックな経済の動きを、手に取るように理解できます。地理なくして、経済を語ることはできません。
本連載の書き手は宮路秀作氏。代々木ゼミナールで「東大地理」を教えている実力派講師であり、「地理」を通して、現代世界の「なぜ?」「どうして?」を解き明かす講義は、9割以上の生徒から「地理を学んでよかった!」と大好評。講義の指針は、「地理とは、地球上の理(ことわり)である」。6万部突破のベストセラー、『経済は地理から学べ!』の著者でもあります。
ヒンドゥー教において、牛は聖なる動物
「インド人はヒンドゥー教を信じているから、牛肉を食べない」。よく耳にする話です。
ヒンドゥー教は多神教で、三神一体を近世の教義としています。三神とは、ブラフマー(創造神)、ヴィシュヌ(維持神)、シヴァ(破壊神)のことです。
シヴァはナンディンと呼ばれる乳白色(にゅうはくしょく)の牡牛(おうし)を乗り物にしています。そのため牛は聖なる動物であるとして、食すことは禁忌となっているのです。
インド人の1割強はイスラム教徒
インドにはどれくらいのヒンドゥー教徒がいるのでしょうか?
インドの宗教構成は以下の通りです。ヒンドゥー教80.5%、イスラム教13.4%、キリスト教2.3%、シーク教1.9%、仏教0.8%、ジャイナ教0.4%です。インド人といっても千差万別で、ヒンドゥー教徒は約8割なのです。
ここで注目すべきはイスラム教徒です。国民の13.4%ということは、約1億7567万人のイスラム教徒が存在する計算になります。
国内に抱えるイスラム教徒の数では、インドネシアに次いで多いのです。イスラム教徒は「豚肉を食べてはいけない」という宗教上の禁忌はありますが、牛肉は禁じられていません。インドではニハリという牛肉を煮込んだ料理が有名ですが、イスラム国家であるムガル帝国時代に生まれたものです。
キリスト教徒も牛肉は食べますから、インドには2億人もの牛肉を食べられる人たちがいるのです。
2億人といえば、ブラジルの人口とほぼ同じです。インドの牛肉市場は、かなり大きいのではないでしょうか?
イスラム教徒たちは、牛肉をバラーゴーシュトと呼んでいます。先述のニハリやパエ(牛の足を骨ごと煮込んだ料理)など、イスラム教徒の代表的な料理です。
もちろん、ヒンドゥー教徒にとって牛は神聖な動物。食べないどころか、屠殺も御法度です。牛肉の生産にはイスラム教徒が携わっています。
水牛の頭数は世界一!
インドの牛の飼育頭数はブラジルに次いで多く、1億8900万頭もいます。そのため、牛乳の生産量はアメリカ合衆国に次いで世界2位、そしてバターの生産量は世界最大を誇ります。
インドでは、水牛からも搾乳します。インドの水牛の飼育頭数は1億940万頭。これは世界最大です。水牛は搾乳できなくなると、食肉として解体されます。
飼育頭数の多さもあり、インドの牛肉の生産量は世界11位を誇ります。またインドは、牛革製品の生産地としても有名です。
インドは、「緑の革命」と呼ばれる多収量(たしゅうりょう)品種の開発によって米の生産量を増大させ、自給を達成します。1970年代には米の輸出国へと転じ、2013年には長らく世界一だったタイを抜き、世界一の米の輸出国となりました。
しかし緑の革命には、多額の資金と、灌漑用水を供給する河川に近接していることが求められました。
そのため多くの農民は多額の資金を必要としない牛の飼育を始めます。インド国内で集荷システムが確立されたことで、牛乳の生産量が飛躍的に増加し、インド人の栄養状態は改善しました。これをインドでは、白い革命と呼んでいます。