正しい診断もカギ
薬も検査も高額なのが課題

――日本でも早晩に承認されるでしょうか?

 どうでしょう。それには大きな問題が二つあります。

 一つ目は、正しい診断がなされないまま投与されても効果がない、空打ちになってしまうということです。Aβを取り除くことで効果を発揮する薬ですから、Aβがたまっていない状態ではまったく用を成しません。二つ目は、高額であるということです。

――正しい診断は難しいんですか?

 脳内でのアミロイドタンパクの蓄積を捉えることができるアミロイドPET検査なら、精度の高い診断が可能です。しかし、まだあまり一般的ではない。大学病院は主に研究用、人間ドックは検査専門で、検査から治療・ケアまでを一貫して実施しているのは私のクリニックだけかもしれません。

 多くの医療機関では、神経心理検査やCTまたはMRIによる画像検査、問診などを通じて認知症であるかどうかを判断していますが、それだと専門医の診断でも2~3割はAβがたまっていないケースがある。脳内Aβ沈着を判定する血液検査も今後導入される可能性が高いですが、それでも正解率は9割です。つまり、これで判定されたMCIで承認後追加試験を行うと、Aβがたまってない1割の人では無効ですので、承認後追加試験の結果に影響を及ぼします。

 例えば私のクリニックの2人の患者さんは、それぞれアルツハイマー病で「数年後には要介護になるだろう」と認知症専門医から宣告されていました。一方は50代で、もう一方は60代です。

 50代の方はショックで泣いておられました。ですが、アミロイドPET検査をしたところAβがたまっておらず、診察の結果、アルコール性の認知症であることが分かりました。お酒を大変よく召し上がる方だったんです。さっそく治療を開始し、認知症は改善。今も現場で働いています。

 一方で、60代の患者さんはPET検査の結果、Aβの蓄積が確認でき、アルツハイマー病であることが確定しました。ですが数年で要介護なんてことはあり得ません。できる限りの治療をし、薬の治験も紹介させていただき、前向きに病気と闘っておられます。

――高額とのことですが、年間いくらぐらいかかるのでしょう?

 4週間に1回、約1時間かけて静脈に点滴投与します。アメリカでの1年間の薬剤費は5万6000ドル(約610万円)です。

――それは高いですね。前出のアルコール性認知症の患者さんのようにアミロイドPET検査を受けられればいいですが、受けないままアルツハイマー病ということで、将来アデュカヌマブを仮に投与してもらえたとしても効果ゼロ。高価な薬が空打ちされるのももったいないですよね。

 日本で仮に承認された場合は、公的医療保険もあるので患者さんの実際の負担額はアメリカほどにはならないでしょう。でも、希望者全員が使えるようにしたら、公的保険の財政面への影響は甚大です。

――空打ちを避けるためにはアミロイドPET検査の普及が欠かせないですか?

 ですが、アミロイドPET検査も高額で1回当たり40万〜60万円かかります。こちらも公的保険でとなれば、どれほどの金額になるか見当もつきません。薬も高い、検査も高い。そこにどうやって縛りを設け、適正な使用を可能にするか。国は今、相当頭を痛めているのではないでしょうか。

(監修/アルツクリニック東京院長、順天堂大学名誉教授 新井平伊)

新井平伊(あらい・へいい)
アルツクリニック東京院長、順天堂大学名誉教授。順天堂大学医学部附属順天堂医院・メンタルクリニックで長年主任教授を務め、順天堂大学退官後の2019年に精神科・内科のクリニック、アルツクリニック東京を東京駅至近に開院。日本の認知症治療の第一人者。