「AI評価値は割り引いて楽しんで」

 さて、最近は将棋中継で優劣の数値評価が画面に出る。おおむね当たっているようだが、勝率数パーセントから逆転勝ちすることもある。AIと人間の「感覚差」について、谷川は「目的地が近くても崖路」と「遠くても安全な道」の比喩で分かりやすく説明する。「AIの評価値では序盤で80%の勝利確率、などはほぼ当たっているのでしょうが、終盤は互いの玉が危険な状態になっています。一手でも間違えばあっという間にひっくり返ります。しかし、AIは判断した方向で行きますし、人間と違って危険な手についても不安になることもありません。ですからファンの皆様は出ている数字ほどには優劣の差は開いていないと思っていただければいいのでは」

 AIの評価値については羽生も「有利な方に数字が高く出すぎる傾向がある」と語っているが、対局の中継でそうした数字が出ることは将棋ファンにとってどうなのか。

将棋中継で活用されるAI将棋中継にもAIが活用されている。画面上部にはどちらが有利かが数字で示されるほか、AIが考える次の手候補リストも示される(画面右側) Photo:ABEMA TV,Inc.

 谷川は「これまでは解説者の解説とかで優劣を判断するしかなかったですが、最近はNHK杯でもAIの評価値が出ます。こうしたもので将棋があまり分からない人でも楽しめる人が増えればいいと思います。たとえて言えば、野球中継などでもビデオで流してくれてファインプレーと分かるとか、にも似るかもしれません」と話す。

棋士はポーカーフェースが有利

 さて、AIがいくら発達しても、将棋は人間同士が戦うことが魅力だ。『藤井聡太論』では、「藤井さんは手を決めたらぴたりと動きが止まるので分かる」という渡辺明三冠の言葉が紹介されている。とはいえ、こうした相手の心の動きは、対局者にしか分からないかもしれない。

 将棋は、守るべき時に攻めれば失敗するし、攻めるべき時に一手でも守ったら敗因になる、ぎりぎりのせめぎ合いだ。畢竟、棋士の性格も影響する。谷川によれば対局中は感情を見せないポーカーフェースが有利だという。本人もかつて加藤一二三との名人戦で不用意な一手を指した。「しまった」と口に入れていたイチゴを皿に戻しかけたが、加藤が察しないかと警戒して平然と食べたそうだ。

「加藤先生が見逃してくれて助かりましたが、先生の次の手までがとても長い時間に感じました。非常に重要な局面でしたから。そういうことまで必要かは別として対局中、相手が自信をもって指した手なのか、そうでないのか、といったことは、なんとなく伝わるものですね」