自民党総裁選への立候補者の間での政策議論が乏しい。新首相ともなる新総裁は、今後の日本の針路を示すべきである。安倍長期政権が手を付けなかった供給面の構造改革や、医療・年金などの社会保障改革、財政健全化など痛みを伴う施策から目を背けてはいけない。(昭和女子大学副学長・現代ビジネス研究所長 八代尚宏)
抵抗勢力存在する構造改革に
手を付けなかった安倍政権
自由民主党の総裁選が9月29日に実施される。事実上の日本の首相を決める重要な選挙であるが、政局報道ばかりで、何が主な政策課題かについての議論がほとんどない。与党の新総裁は、秋の衆議院選挙で、少なくとも今後4年間の日本の針路を明確に示さなければならない。総裁選の結果は、自民党員以外にも大きな関心事である。
政策課題には、2020年9月に病に倒れるまでの安倍晋三長期政権をどう評価するかが大きく関わっている。それ以前の首相が頻繁に交代する不安定な政権とは対照的に、8年間にわたった安倍政権は盤石であった。しかし、その長期政権を生かした経済政策面での成果としては、何があったのだろうか。
安倍政権は民主党政権とは対照的に、大胆な金融緩和で円高を是正し、株価や地価水準の回復を実現した。失業率も完全雇用水準にまで低下し、景気回復には十分に貢献した。しかし、誰も反対しない金融・財政の拡大には積極的であったが、抵抗勢力が存在する大きな構造改革にはほとんど手を付けなかった。
日本の実質GDP(国内総生産)成長率の平均は、バブル崩壊後の1991年から民主党政権末の2012年までの21年間で、実質0.95%であった。その後2020年までの安倍政権時の8年間は0.3%だが、コロナ不況時の2020年を除けば、1.0%と大差ない。
長期間の円安政策で、コロナ禍までは多くの外国人観光客が、「安いニッポン」を目指して押し寄せた。日本人労働力の安売りで景気は良くなっても、生産性が低いままでは所得は増えない。これは1990年代初めの円高期に、日本の個人や企業が、海外で商品や資産を買いまくっていたことと対照的である。現在の日本人が怠け者になったわけでもないのに、なぜ一向に豊かさを実感できないのか。
この問題を考えるにあたって、以下の二つの視点がある。