実験重視の企業文化構築に向けて
ステファン・トムキ教授(ハーバード・ビジネス・スクール)

 実験重視の企業文化を既存企業が構築するのは、おそらく最も挑戦的な課題と言えます。

 まず、「好奇心を啓発する」ことです。組織の底辺からトップリーダー層に至るまで、「サプライズ(驚き)」を価値あるものだと考えるようにならなければなりません。

 サプライズの価値を金額で表すのは、コストの数値化に比べて難しいです。これから何が起こるか分からないことを数値化しようとするからです。

 したがって、企業文化として、組織全体がサプライズを良いものとみなすようになる必要があります。このようなマインドセットが定着すれば、好奇心が組織全体に広がり、人々は失敗をコストのかかる過ちではなく、学習機会と捉えるようになります。

 二つ目に、「データが意見に勝るという原則に固執する」ことです。組織の意思決定が、意見や直感に基づいてなされると、どうしても組織のヒエラルキーが影響を及ぼすようになります。上司の意見が部下のそれより重視されるとか。

 先端企業においてすら、10の実験のうち、8〜9は予想された結果を生み出しません。逆に言えば、全体の10~15%の実験しか「成功」しないのです。

 つまり、我々はほとんどの場合、間違っているんだということを受け入れなければならないのです。だが、それが難しいのです。

 だからこそ実験をすべきなのですが、事実よりも意見に重きが置かれたり、ヒエラルキーが大きな影響を与えたりする組織では、それらが邪魔をしてしまいます。

 日本企業の常にカイゼンしようという姿勢は、広い意味で科学的手法に基づいており、QCサークルなどの活動に由来する慣行が長く行われてきたのはプラスです。

 しかし、コンセンサス重視の企業文化は、障害となる可能性があります。

 全ての意思決定、全ての実験にコンセンサスを求めるとなると、プロセスに時間がかかりすぎてしまいます。そもそも結果の分からないことにコンセンサスを得ることは無理です。だからリスク回避になりがちです。コンセンサスは意思決定後の行動を迅速化しますが、実験という環境では、全てを遅らせることになり、実施の障害になりかねません。

 イノベーションは、不確実性を機会に変える行為です。不確実性を排除しようとすると、どうしてもコストサイド重視になってしまいます。オペレーションの効率向上は達成できますが、イノベーションからは遠ざかってしまいかねません。