すると、腰痛経験のある人は全員、荷物を持ち上げる男性の写真を見ると不快感を感じ、中には痛みを訴える人も出てきたのです。そのあと、何回も同じ写真を見せていると、そのうち慣れてきて、反応はしなくなりましたが、脳の痛みや情動に関与する部位には反応がみられました。

 こうした腰痛に関連する脳の活動部位のパターンについては、福島医大が行った興味深い研究もあります。腰に痛みのある人に対して、実際に痛いところを押すと脳のどこが活動するのかを調べた研究です。興味深いことに、彼らが解明した脳の活動部位のパターンは、我々が行った腰痛を引き起こしそうな写真を見せられたときの結果と、どちらもほぼ同様の脳の場所が活動していることがわかりました。

 つまり、バーチャル経験でもリアル経験でも、脳の反応はほぼ同じところに出てくるということがわかったのです。これこそが、慢性疼痛の正体のひとつです。脳に刻まれた記憶がなんらかのきっかけで呼び起こされ、脳が痛いと感じてしまうのです。

 こうなると、いくら痛い部分を治そうとしても、それだけでは痛みは消えません。それどころか、痛みを恐れて体を動かさなくなり、体は固まって血流も悪くなります。そして、精神的にもうつ的になり、ますます痛みを感じやすくなるという、痛みの悪循環に陥ってしまうのです。

脳の“ある部分”を活性化させると痛みは抑えられる

 一方、私たちの脳には、痛みを抑える仕組みもいくつか備わっていて、健康な人はそれがちゃんと働くことで、痛みが軽減されます。

 その仕組みのひとつが、脳内で快感や達成感を司る、報酬系というネットワークシステムの働きです。人は、空腹時に食事をしたり、スポーツの試合に勝ったり、仕事や家事がうまくいったり、好きなことが楽しめたりすると、報酬系が活発に活動し、快感を感じます。

 この報酬系の回路で使われる神経伝達物質がドーパミンで、ドーパミンには脳内モルヒネの放出を促す働きがあるのです。つまり、報酬系が活発になると、人は痛みを感じにくくなるわけです。