こうお話をすると、ぱっと考え方を変えられる人もいるのですが、どうしても原因を追求することから抜け出せず、次々手術をしようとする人もいます。やっぱり痛みをゼロにしたいという思いが強く、必ず原因がどこかにあって、それさえ取り除けば、自分は元に戻れると考えてしまうのでしょう。

 気持ちはわかりますが、慢性疼痛は、ばい菌を殺せば熱は下がるといった、そんなシンプルな仕組みのものではありません。もちろん、手術によってほぼ100パーセント痛みがとれるケースはあります。でも、慢性疼痛の患者さんでそうしたケースは多くはありません。そもそも原因がわかっても医学的にそれをすべて完全にもとの状態に戻すことは無理なケースがほとんどですし、一瞬良くなっても、結局痛みはとれなかったという結果になることも多いのです。

 だったら、痛みの原因はとりあえず棚上げにしておいて、今使える体のパフォーマンスや強度を上げ、できるだけ長く使っていく方向にシフトチェンジしたほうが現実的と考えられます。私が運動をすすめると、「こんなに痛いのに運動なんかできるか!」と怒り出す人もいますが、最初はしぶしぶでも運動を続けたり活動を広げていくうちに、痛みがどんどん治まっていく患者さんは、決して少なくないのです。

(監修/愛知医科大学病院副院長 牛田享宏)

◎牛田享宏(うしだ・たかひろ)
1966年、香川県生まれ。愛知医科大学医学部教授、同大学病院副院長、学際的痛みセンター長・運動療育センター長を兼任。医学博士。1991年、高知医科大学(現高知大学医学部)を卒業後、神経障害性疼痛モデルを学ぶため1995年に渡米。テキサス大学医学部客員研究員、ノースウエスタン大学客員研究員、高知大学整形外科講師を経て、2007年、愛知医科大学教授に就任。慢性の痛みに対する集学的な治療・研究に取り組む日本初の施設「愛知医科大学学際的痛みセンター」で陣頭指揮を執っている。厚生労働省の政策研究班の班長として2018年『慢性疼痛治療ガイドライン』の作成を手掛ける。国際疼痛学会の評議員であり、2021年の『痛みの定義』の改定メンバーを務めた。日本の痛み治療をリードする存在である。