町中華もコロナ禍でオープン続々

 庶民派の中華料理店も奮闘している。地価の高い銀座ではなく、利用者の近くにあることをモットーにする「町中華」の店もコロナ禍の危機をチャンスにしてビジネスを広げようとしている。

 中華居酒屋グループの多福楼と、謎の中華麺といわれる「ビャンビャン麺」専門店を広げる「秦唐記」はこうした会社の代表と見ていいだろう。

 マーボー豆腐がおいしいと評判の多福楼は、2005年に神奈川県川崎市で創立。創立者の鄭斌氏は1989年に来日。大学を出た後、手作り居酒屋の甘太郎に就職し、店長などを経て2000年に独立。現在、同グループは6店舗あり、その半分の店舗がコロナ禍の最中にオープンしたのだ。逆風のなか創業の道を進んできたと言えよう。

 多福楼の二俣川店は2020年9月、渋谷店は同11月にオープン、川崎駅の地下街・アゼリアにある中華レストラン「多福菜香」は21年6月にオープンした。コロナ禍の影響で維持できなくなった日本料理関係の店舗を、居抜き物件として入手して営業を展開している。

 コストを下げるため、店舗の内装などをできるだけ自分でやる方針を貫いている。福建省出身者が多い同グループの経営陣と従業員は、苦労に耐えるという「県民性」を生かして、低コストの運営で危機を乗り越えようとしている。

 また、代替肉が話題になっている今、多福楼は山口県宇部市の会社が作りだした代替肉の一種であるトーフミートを積極的にメニューに入れたり、茨城県ひたちなか市にある百年企業の黒澤醤油を使用したりして、日本社会と密接なつながりを保つことに力を入れている。

 鄭氏は、「可能ならば、コロナ危機が去るまでに、立地条件のいい店舗物件を少なくともあと数店舗入手したい」とビジネスのアクセルを踏む意欲を見せている。

 現社長の魏宜松氏も福建省出身で、2001年に来日。「うちはいま、組織構造を改造中。もししっかりした組織に改造できたら、創立者の意向通り、事業をもっと拡大したい」と、ブレーキを踏む慎重さもにじみ出ていた。しかし、コロナがもたらした危機は、努力によってビジネスの機会に変えられるという考え方は鄭氏と同じだ。