裁縫と手術の違い
先ほど手術を裁縫にたとえたのだが、針に関していえば、手術と裁縫は全く違う。手術のときに用いる針は、裁縫の針よりむしろ「釣り針」にたとえるほうが正確だ。つまり、針は大きく湾曲しているのだ(もちろん頻度は低いものの直線的な針を使う場面もある)。
また、裁縫と違って針を手で持たず、持針器と呼ばれる金属製の道具で針を持つ。手首の回転を利用して、針の湾曲に合わせて縫っていくのだ。湾曲の程度や針の太さにはさまざまな種類があり、場面に応じて使い分ける。
糸の太さや材質もさまざまである。手術中は、多くの糸の中から必要なものを選択して使う。中には「吸収糸」と呼ばれ、体の中に残しておくと自然に溶けてしまうものもある。技術の進歩とともに、糸の性能も進化しているのである。
糸の太さは数字で表し、数が大きいほど細くなるというルールだ。細かな組織や血管を縫うときは細い糸が必要になるし、丈夫な組織を縫うときは太い糸が必要になる。これらも場面に応じて使い分けるのだ。
メスは意外に使わない
外科医が使う道具といえば、まず思い浮かぶのがメスだろう。だが、メスは意外に使う頻度の低い器具である。皮膚に最初の一太刀を入れるとき以外にメスを一度も使わない、という手術も少なくない。
医療ドラマで、主人公が「メス!」といって看護師からメスをもらうシーンはよく見るのだが、実は「メスを使ったのはその一回きり」ということも普通にあるのだ。
一方、メスよりはるかによく使うのが「電気メス」である。メスと同じように使えるシンプルな道具で、通電することで細かな血管を焼きながら切開ができる。
体には細い血管が無数にあるため、鋭利な刃物を使うと容易に出血してしまう。電気メスで通電しながら切ることで、この細かな出血を予防できるのだ。
外科治療の世界では、器械の進歩がもたらす恩恵を特に実感しやすい。ほんの数年の間にも次々と新しい器械が導入され、手術の質が向上していく。パソコンやテレビの性能が十年、二十年前と比べて格段に高まっているように、手術に使う器械の性能も、年を追うごとにますます進歩しているのだ。
(※本原稿は『すばらしい人体』を抜粋・再編集したものです)