唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。
外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント8万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊された。
坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。好評連載のバックナンバーはこちらから。
血液型申告の不思議
不思議なことに、日本では日常生活の至るところで血液型の申告を求められる。
市民マラソンの申し込み用紙やゼッケン、保育園や学校の書類、身近な防災バッグにまで、血液型の記載欄がある。
だが、海外で市民に同様の申告を求めるのは難しいだろう。多くの人は自分の血液型など知らないだろうから、問われてもかえって困るはずだ。
では、私たちが記載する血液型情報は、一体何に使われるのだろうか?
もしかすると、怪我などをして輸血が必要になった際に役立つ、と思ったかもしれないが、それは誤りだ。
輸血前には、必ず血液検査で血液型を確認するからである。病院によって異なるが、一般に血液型の検査結果は数十分で得られる。さらに、患者の血液と血液製剤の一部を混ぜてみて有害な反応が起こらないかを見る「クロスマッチ試験(交差適合試験)」も輸血前に必ず行う。
これは、もし本人が「私はA型です」と主張しても決して省略しない。同じ病院で以前血液検査を受けたことがある人で、血液型が確実にわかっている場合でも、クロスマッチ試験は必ず行う(術前検査など一部の例外は除く)。
なぜだろうか?
その理由は単純だ。誤って異なる型の血液を使ってしまうと、命にかかわるほど重篤な反応を起こすからである。「不適合輸血」と呼ばれる現象だ。これほど重大な情報を、患者の自己申告に頼るわけにはいかないのだ。
また、多くの人は出生時に受けた検査の結果をもって、自分の血液型を認識している。だが、生後すぐの血液型検査は正確ではない。A型だと思っていた人が、初めての手術前に検査をしたらB型だとわかった、ということもある。自己申告の血液型が頼りにならないのは、こうした理由もあるのだ。
では、血液型がわからない患者に大出血が起き、血液型検査をする余裕もないくらいの緊急事態だったらどうするだろうか? このときばかりは仕方なく本人の自己申告を信じるだろうか?
もちろん、それもありえない。
この場合は、やむを得ずO型の血液を用いる。相手が何型でも重篤な反応が起こらない可能性が高いからだ。たとえ緊急事態であっても、やはり自己申告の血液型情報を利用することはないのである。
近年は、こうした事情から出生時に血液型検査をしない医療機関も多い。これを読んでいるあなたも自分の子の血液型を知らないかもしれないが、心配ご無用である。必要になったときに調べればよいのだ。ちなみに私自身も我が子の血液型を知らない。