厳しい情勢の中で分かった、仕事を「幸福度」で判断する大切さ
コロナ禍の影響を受け、悠遊ワールドの経営も厳しくなった一面がある。
「旅行業の将来性に不安をもった若手の社員は会社を去った。仕方のないことで、私はくよくよしていません。一方、仕事とはなにか、コロナ禍を通して、いろいろと考えさせられました。私はこの仕事を手放す考えは持っていません。自分の仕事を通して感謝されたときは最高に幸せです。むしろ、コロナ禍の影響で仕事の幸福度ということを意識し始めました。人員減少もあり、仕事の幸福度という視点から、今までの仕事を整理してみました。その結果、日本を代表するような大手法人数社との契約をあえて継続しないことに踏み切りました。むしろ、より中小企業との取引に経営の重点をシフトさせることにしました。そちらの方が幸福度は高いです」
この仕事の幸福度について、高津社長は次の実例を挙げた。
悠遊ワールドが手配した航空券で東南アジアの某国へ飛んだ出張客がいた。その出張客はいつも通路側の座席を取るが、そのフライト便だけ、通路側の席が取れず、窓際の席となった。目的地に着いたら、棚に置いていた荷物が盗難の被害を受けたことに気づいた。パスポートなどの被害はなかったが、現金やクレジットカードなどの入っている財布は盗まれた。
困り果てた出張客は悠遊ワールドに電話をかけ、通路側の席が取れなかった代理店のせいで盗難に遭ってしまったとして、悠遊ワールドの担当者を罵倒した。事情を知った同社は、まず出張客の仕事に支障をきたしてはいけないと判断し、現地の航空会社などと交渉して、無一文になったその出張客の乗り継ぎなどを問題なくできるように手を打った。
「うちの社員は、徹夜でこの問題の解決に当たりました。出張客の仕事に支障をきたす恐れのある問題をすべて解決しましたが、最後の最後まで、そのお客さんからお礼の言葉を一つもいただけませんでした。仕事は売り上げだけではなく、仕事をこなす社員の幸福度のことも考えなければならないと、そのとき、私は本気で意識しました。その意味では、コロナの影響で移動できなくなったベトナム技能実習生の航空券問題などを解決したとき、お客さん本人やその勤務する会社からの対応に、人間としての温みを感じ、働きがいを感じました」
その出張客の勤務する大手会社との契約も今回、打ち切ったという。
取材を終え、夜も更けた。最寄りの駅に一緒に移動するとき、高津社長から、ぜいたくな悩みを聞かされた。
「コロナ禍のため、出張を一時中止したお客さんは何社もあります。当時、コロナ禍の影響期間がそんなに長く延びるとは思わなかったため、すでに予約した航空券はキャンセルしましたが、その代金に対しては出張再開のときに使用するとして返金を求めなかったお客さんがほとんどでした。おかげでうちにはかなりのお金がたまっています。途中、数回、返金しようとお客さんの意向を確認しましたが、そのままにしておけという意見でした。いずれも十数年以上の常連客です。どうしたらいいでしょうか」
私は「それはお客さんが信頼しているしるしだ。その分、これからの仕事でその信頼の恩返しを倍にしてすればいいのではないか」と答えた。
南京出身の高津社長は、日本社会にしっかりと根を下ろしている。東京都が主催する「女性経営者等の活躍に向けた会議」のアドバイザリー・ボード・メンバーに選ばれた理由も、そこにあるのではないかと思う。
(作家・ジャーナリスト 莫 邦富)