管理職が「答え」を言ってはならない理由
すると、たいていのメンバーは程度の差こそあれ、失敗経験をします。
ある時期、私の属する部門を統括していた専務が、非常に数字に厳しい方だったことがあります。その方に対して、何人かのメンバーに直接プレゼンさせたことがあるのですが、ほとんどのメンバーが数字の不備を指摘され、ときには強く叱責されるようなこともありました。そして、その失敗への向き合い方は人それぞれ。その個性に応じて、管理職は「気づき」を促す必要があるのです。
あるメンバーは、専務に「数字の間違い」を厳しく叱責されたときに、即座に自分のミスを認め、「申し訳ありませんでした。やり直して、改めてご提案いたします」と引き下がりました。もちろん私も、「私の確認が足りなかったせいです。申し訳ありませんでした」とお詫びをして、部屋を出ました。
大事なのは、そのあとです。ここで、「会社の意思決定は重いんだ。ささいな数字の間違いがあるだけで、そのプレゼンの信頼性が損なわれる。今後は、十分気をつけるように」などと、管理職が「ああせえ、こうせえ」と「答え」を押し付けるのはよくありません。大事なのは、メンバーが自分の力で「答え」に辿りつくこと。だからこそ、その「答え」が自分のものになるのです。
そこで、管理職は「質問」をします。
あのときも、私は、「専務はやっぱり数字に厳しいなぁ……」などと苦笑いしながら、「どうすればいいと思う?」と尋ねました。すると、そのメンバーはしばらく考えてから、こんなことを言いました。
「僕自身が数字に気を付けるのは当然ですが、やっぱりトリプルチェックですかね。今回は、一緒にこの仕事を進めたAさんと僕のダブルチェックで済ませてしまいましたが、前田さんとか第三者のチェックも受けて、上の方にプレゼンするときはトリプルチェックをしたほうがいいですね。前田さんには負担をかけますが、よろしくお願いします」
「そうだね。メンバーの数字をチェックするのも僕の仕事だから、もちろんやるよ。でも、チェックする人を増やすと時間がかかるね?」
「たしかにそうですね。トリプルチェックをしてもらうためには、仕事のスケジュールも少し前倒しにしないといけませんね」
このように、管理職が「質問→同意→質問」を繰り返すことで、メンバーの「気づき」を深めることが大切です。その「気づき」は、誰かに押し付けられたものではなく、自らの力でつかみ取ったものですから、その後の「実行力」が違います。そのためにも、管理職が「答え」を与えてはならないのです。私は、「質問→同意→質問」の頭文字をとって「SDSの法則」と名付けて、メンバーとのコミュニケーションのひとつのパターンとして活用していました。
メンバーが自分の力で、
「答え」に辿りつけるようにする
ただし、上手に失敗を受け入れられない人もいます。
別のメンバーが、その専務に「数字の間違い」を指摘されたときに、抗弁をしようとしたことがあります。指摘された数字が、プレゼンの本筋とはあまり関係のないものだったからです。もちろん、専務はみるみる不機嫌な表情に変わっていきました。
そこで私は、抗弁するメンバーをすぐに制止。「私の確認が足りなかったせいです。申し訳ございませんでした」と専務にお詫びをして、メンバーを促してすぐに部屋から立ち去りました。
ただ、彼は納得がいかない様子でした。「本題とあまり関係のない数字なのに、どうして、専務はあそこまでこだわるんですか? ちょっと理解できないですよ」と不満を漏らすばかりで、なかなか失敗と向き合えません。
このようなときには、ちょっとしたヒントを出すことを意識します。
やり方はいろいろありますが、私がよく使ったのは「相手の立場に立って考えてみる」ように促すという方法です。
例えば、「もし君が専務だったとして、部下が出してきた資料に数字の間違いを見つけたら、どんな気持ちになるかな? その資料のことを信頼できるかな?」などと尋ねるのです。すると、「ひとつでも数字の間違いがあったら、他の数字も疑わしく思えてきますよね。専務となると責任重大だから、そのような資料は受け入れられないですよね」などと思考を進めてくれることがあるのです。
ただ、あのときのメンバーは頑なでした。
「もし君が専務だったとして……」という投げかけをしても、「そんなこと言われたって、僕は専務じゃないですから、そんなのわからないですよ」などと言うばかり。そんなときには、次のような感じで、もっと身近なところに話を置き換えることで、「自分事」にしてもらえるようにします。
「じゃあさ、君はハンバーガーが好きだって言ってたけど、ハンバーガーの中に髪の毛が入っていたらどう思う?」
「そんなの絶対に食べたくないし、そんなお店には二度と行かないですよ」
「でもさ、いくつか注文したなかで、一個だけしか入ってなかったんだよ?」
「一個だけでも、いやですね」
「だよね? さっきの専務も、それと一緒じゃないかな?」
すると、頑なだった彼も「そうか……、自分がさっきやったのは、そういうことだったのか」と気づき始めます。そして、自分の失敗を受け入れることさえできれば、自然と改善に向けた努力を始めてくれるのです。
このように、管理職はヒントを与えることによって、メンバーを「気づき」の近くまで連れて行ってあげる工夫をするといいでしょう。そして、最後の最後は、本人の力で「気づき」をつかみ取れるようにサポートするのです。管理職に、このようなコミュニケーション・スキルがあれば、メンバーは「失敗」を糧にどんどん成長していってくれるようになるのです(詳しくは『課長2.0』をご参照ください)。