店舗の内装に西陣織の素材を使いたい

 そのマリノ氏から送られてきた図柄を見て、私は衝撃を受けました。

 それは、想像していたような「和柄」ではなかったのです。溶けた鉄のような、抽象的なパターンを、西陣織の伝統的な技術・素材でつくってほしいという依頼でした。

 ちょうどディオールが一〇年に一度のタイミングで、世界中の店舗の内装をリニューアルしている時期でした。マリノ氏は壁面やカーテン、椅子など、ディオールの店舗の内装に西陣織の素材を使いたいというのです。

 マリノ氏からの依頼は、私たちに大きな気づきを与えてくれました。それまで私は、「和柄じゃないと海外では差別化できない、戦えない」と思っていました。

 しかし現実に先方が求めてきたのは、抽象的なパターンを、西陣織の伝統的な技術・素材で表現することでした。

 つまりニーズの在り処(ありか)は、「柄」ではなく「技術」と「素材」だったのです。

 これまでは「和柄」こそが差別化のポイントだという固定観念に丸ごととらわれていたために、日本的なものを求めるところに販売先が限られてしまい、ニッチなマーケットで勝負せざるをえない状況になっていたのです。

 私たちはマリノ氏の依頼を通して、そのことに気づかされました。