勝者の世界は「狭すぎる」

 奨励会を去った者たちのその後の進路は、いろいろなケースがある。

 不動産会社、パチンコ屋、古新聞回収業……。司法書士になることを目指す人、世界放浪の旅に出る人、アマチュアとして将棋に関わり続ける人もいるし、将棋とは一切関わりを持たなくなる人もいる。

 プロ棋士になるという彼らの夢は叶わなかった。では、彼らにとって将棋は、まったく意味のないものだったのだろうか。

 奨励会を退会したあと、生まれ故郷の北海道で暮らす成田英二は次のように言う。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「将棋がね、今でも自分に自信を与えてくれているんだ。こっち、もう15年も将棋指していないけど、でもそれを子どものころから夢中になってやって、大人にもほとんど負けなくて、それがね、そのことがね、自分に自信をくれているんだ。こっちお金もないし仕事もないし、家族もいないし、今はなんにもないけれど、でも将棋が強かった。それはね、きっと誰にも簡単には負けないくらいに強かった。そうでしょう?」
『将棋の子』より引用

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 勝者なんて、世界の中でごく一部だ

 勝者になることしか意味がないのだったら、世界のほとんどの人が生きている意味がなくなってしまう。

 著者の大崎さんが語る、次の言葉が胸に響く。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 アマであろうとプロであろうと奨励会員であろうと、将棋はそれをやるものに何かを与え続けるばかりで、決して何も奪うことはない。
『将棋の子』より
引用
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 たとえ勝者になれなかったとしても、ある時期にすべてを捧げて真剣に打ち込んだことに、価値がないわけはない。

 これは将棋に限らず、何かに打ち込んだ人すべてに当てはまることだ。

 挫折をしたけれど、それでも強く生きている人のことを書いた本を読んでみよう

 その読書体験は、自分が何かに行き詰まったとき、きっと力になってくれるはずだ。

pha(ファ)
1978年生まれ。大阪府出身。
現在、東京都内に在住。京都大学総合人間学部を24歳で卒業し、25歳で就職。できるだけ働きたくなくて社内ニートになるものの、28歳のときにツイッターとプログラミングに出合った衝撃で会社を辞めて上京。以来、毎日ふらふらと暮らしている。シェアハウス「ギークハウス」発起人。
著書に『人生の土台となる読書』(ダイヤモンド社)のほか、『しないことリスト』『知の整理術』(だいわ文庫)、『夜のこと』(扶桑社)などがある。