「決算報告の見栄えか、将来キャッシュフローか、どちらかを選べと言われたら、将来キャッシュフローを選ぶ」という言葉が株主の手紙にたびたび登場する。これは、現在の利益を犠牲にしてでも、長期的な価値創造に投資するという意味だ。ベゾスは毎年の手紙の最後に、1997年に書かれた最初の手紙を添付し続けているが、これもアマゾンの「長期思考」を株主に念押しするためである。

その3:「インフラ」をつくること

 さらには、「インフラをつくること、あるいは生活インフラの一部になるサービスを構築すること」。

 この意識はとくに、PART2の「宇宙を目指す目的」からはっきりと読み取れる。2014年の株主への手紙では、「理想の事業とは、お客様に愛され、巨大な規模に拡大でき、投資リターンが高く、長期に継続できるもの」とベゾスは書いている。アマゾンはいまや生活に欠かせないインフラとなり、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)は企業に欠かせないインフラとなった。そしていま、宇宙開発に欠かせないインフラをベゾスは構築しようとしている。

その4:「心」に従うこと

 そして、「頭ではなく心に従うこと」。

 ベゾスは株主への手紙の中でも、インタビューや講演でも、たびたび意思決定の方法について述べている。アマゾンを起業したとき、プライムを立ち上げたとき、サードパーティ出品者を招き入れたとき、そしてワシントン・ポストを買収したとき、いずれも頭ではなく心に従って決定したという。「80歳になったときに振り返って後悔の数が少ないほう」を選ぶのがベゾス流である。

 本書にはそういった、深い思考と数々の「実験とさすらい」から導き出された原則が詰まっている。

 ベゾスは1997年の最初の手紙の冒頭に、「いまはまだインターネットのはじまりの日」にすぎないが、「明日になれば、イーコマースは個人の好みに合わせて発見の過程そのものを速く、豊かにしてくれるでしょう」と書いている。読者は、こうした過去の手紙で書かれている多くのことが、まるで予言のように次々といまの現実となっていることに驚くはずだ。

 ただし、その未来展望は予言のような直感的なものではなく、すべてがロジックに貫かれている。

 毎年の手紙の中でベゾスは、株主という厳しく、かつ最も重要なステークホルダーに向けて、なぜアマゾンはこれをするのか、しないのかといったことについて、数字を示しながら明快に説明する。その説得力は、現代における企業経営の原則は本書で出尽くしているのではないかと感じられるほどだ。

 さらに手紙の中では、そうした原則を実行に移した成功と失敗の具体例と、その結果に対する深い洞察までが誠実に語られている。その意味で、本書はビジネスに関わるあらゆる人間にとってこのうえないケーススタディであり、ビジネスを考える方法についての最善の教科書と言えるだろう。

 つい先日、ベゾスは同乗者3人と共に、約3分間の宇宙旅行から無事帰還した。本書を読めば、ベゾスがなぜ宇宙開発にこれほど熱を入れるのかがわかる。

 彼の究極の目的は、地球の外に出ることではなく、美しい地球を守ることにある。

 人類の多くが地球外に暮らしながらたまに地球を訪ねることができれば、この惑星を維持しながら、成長と繁栄を享受できる。ただしその仕事は次世代の起業家が行うことで、自分の仕事は宇宙起業に必要なインフラ構築をはじめることだとベゾスは言う。

 本書は、リーダーシップの本としても、組織構築の本としても、経営哲学の本としても読むことができる。何をどう読み取るかは読者のみなさま次第だ。稀代の経営者であるジェフ・ベゾスの思考の全貌を日本の読者に届ける機会をいただいたことに感謝している。

(本原稿は、『Invent & Wander──ジェフ・ベゾス Collected Writings』からの抜粋です)