「お風呂に入りたくない」と嫌がる理由

 認知症のある方がお風呂に入るのを嫌がるというのは、介護をしている方からよく聞く話です。

「介護への抵抗」と、ときに感じられるかもしれないその方の「お風呂に入りたくない」の背景には、実にいろいろな理由があるのです。

 身体感覚のトラブルで極度に熱く感じる、浴槽に入るとぬるっとした不快な感覚があるという方もいます。空間認識や身体機能などのトラブルで服の着脱が困難、その介助を受けたくないという思いを持っているのかもしれません。「自分の中ではお風呂に入ったばかりだ」という時間感覚のズレや記憶の取り違えの場合もあります。

 このように、お風呂という1つのシーンをとっても、1人ひとり異なる心身機能の障害、その組み合わせによって困りごとが生じているため、周囲から理解されづらいことも暮らしにくさにつながっています。

【「認知症世界」の旅人の声】
 ある夏の日に、友人とカフェで食事をしていたときのことです。

 お店に入った途端、ものすごく室内が寒く感じて、急いでかばんの中のカーディガンを羽織りました。友人に「なんか、このお店冷房が効きすぎているね」と言うと、友人は「そう? わたしには暑いくらいだけど」と、額の汗をぬぐっています。

 こんなふうに、みんなが「暑い」と言っているときに自分だけ寒さに震えていたり、反対に周りの人が「寒い」と言っているのに、わたしだけ暑く感じて汗をかいていることがたびたびあります。

 ですから今は、暑くても寒くても、すぐに脱ぎ着ができる服を着たり、かばんの中に上着やストールを持ち歩くようにしました。

 そうそう、友人たちとテニスをしていたときなんて、ちょっと熱中症気味になってしまいました。

 ちゃんと水筒は持っていたのですが、「水を飲みたい」とか「喉が渇いた」という感覚がなくていつの間にか水分補給をしないまま、炎天下で運動し続けてしまったのです。目の前がくらくらして、初めて脱水状態になっていることに気づきました。

 友人たちがすごく心配していたので、「最近、喉が渇いたって感じないんだよね」と言ったところ、その次からは、「そろそろ休憩して水分をとろう」と積極的に声をかけてくれるようになりました。

 自分の感じ方が変化するということを自分で理解してからは、そのつど柔軟に対応できるようになりましたし、周囲の人にも伝えておくと、さりげなく配慮してもらえるのでさらに楽になり、困りごとはずいぶん減りました。

 でも、出かけようと家を出て車に乗った途端、急にトイレに行きたくなってしまったときは、少し困ってしまいました。

 ほんの数分前に家を出たばかりだったので、家族には「なんでさっきトイレに行っておかなかったの!」と言われてしまったのですが、数分前まではまったく尿意を感じていなかったのです。