『上流思考──「問題が起こる前」に解決する新しい問題解決の思考法』が刊行された。世界150万部超の『アイデアのちから』、47週NYタイムズ・ベストセラー入りの『スイッチ!』など、数々の話題作を送り出してきたヒース兄弟のダン・ヒースが、何百もの膨大な取材によって書き上げた労作だ。刊行後、全米でWSJベストセラーとなり、佐藤優氏「知恵と実用性に満ちた一冊」だと絶賛し、山口周氏「いま必要なのは『上流にある原因の根絶』だ」と評する話題の書だ。私たちは、上流で「ちょっと変えればいいだけ」のことをしていないために、毎日、下流で膨大な「ムダ作業」をくりかえしている。このような不毛な状況から抜け出すには、いったいどうすればいいのか? 話題の『上流思考』から、一部を特別掲載する。

「上司・部下のぎすぎす」を一発解決したすごい一言Photo: Adobe Stock

上司・部下の「お互いに不満な関係」

 2019年2月に職員の間で揉め事が起こり、エグゼクティブコーチのジーニー・フォレストは対処を迫られた。ある女性(仮にドーンと呼ぼう)は、別の女性(エレンと呼ぼう)の直属の部下で、ドーンはエレンにつねに軽く扱われ、正当に評価されていないという苦情を申し立てた。

 フォレストは2人を自室に呼び、まずこう伝えた。

「悪いのは私です。説明するわね。2人がうまくいっていないようだという噂は前から聞いていたし、あなたたちの上司からも何か問題があるようだと聞いていました。そう聞いて、私はどうしたと思いますか? 2人で解決するでしょう、と思ったのよ。知らん顔をしたの。それを謝ります」

 それからこう言った。「いまから1人ずつ、なぜこんな状況になったかを説明してもらいます。ただし、その状況を招いた全責任が自分にあるかのように説明してください

 2人はとても手こずり、すぐに責任のなすりつけ合いを始めた。

「私が指示を出そうとするたび、あなたはさえぎったでしょう。余計な質問ばかりして」とエレンは非難した。

 フォレストは、「だめよ、それではドーンを責めているでしょう。あなたに全責任があるかのように説明してちょうだい」と言って、やり直しを命じなくてはならなかった。

 やがて2人ともやり方を理解した。エレンは言った。

「ドーンに質問されたとき、嫌がらせだろうと思いました。つべこべ言わずに、言われたことをさっさとやればいいのに、と。でも、具体的にどういうところを改善してほしいのかを説明すべきでした」

 ドーンは言った。

「エレンが私にため息をついたり、あきれたようなそぶりをしているのには気づいていましたが、その場では何も言いませんでした。でも本当はこう言うべきだったんです。『いまため息をつきましたね。でも何を求められているのか、わからないんです。わかるように説明してくれませんか』って」

(誤解のないように言っておくと、この「自分の非を認める」手法には限界がある。たとえば、上司が部下の女性にセクハラをしていたとしよう。そんな状況で、女性に「全責任が自分にあるかのように説明」させるのは、あまりにも理不尽だ。それでは被害者叩きになってしまう。この手法の狙いは、問題の原因がいろいろあるなかで、「行動の力点」になりそうなものを探すことにある)

「解決する力がある」と自覚する

 女性たちは3人とも(フォレスト自身を含む)、最初はこの状況を「自分ではどうにもできない」と考えていた。そこへ、フォレストは「全責任が自分にあるかのように」状況を説明させることによって、彼女たちに力があることを認識させた。「問題の被害者」から「解決の共同当事者」に意識を転換させたのだ。

 話し合いの6週間後に、フォレストは報告している。「いまでは2人は生産的に、楽しそうに働いています。ちょっと信じられないくらいに」(中略)

 フォレストの問いかけを利用すれば、複雑な状況から不要な情報を取り除くことができる。もし夫婦間の問題の全責任が自分にあると考えたらどうなるだろう? もし会社が社員の健康の全責任は会社にあると考えたら? もし教育学区が高校中退の全責任は学区にあると考えたら?

 この問いを投げかければ、無関心と惰性を乗り越え、自分にできることを見つけられるかもしれない。誰かに要求されたからではなく、自分に解決できるから、解決する価値があるから、解決することを選ぶのだ。

(本稿は『上流思考──「問題が起こる前」に解決する新しい問題解決の思考法』からの抜粋です)