事態を複雑化している
JRの労働組合問題

 この問題をさらにややこしくしているのがJRの組合問題だ。前述の通り、賃金カットを受けた運転士はJR西労の所属である。しかし、同組合はJR西日本の従業員のうち、わずか約1%が加入する少数組合であり、約97%の社員は日本鉄道労働組合連合会(JR連合)の下部組織である西日本旅客鉄道労働労組(JR西労組)に加入している。

 JR総連は国鉄民営化に伴い、国鉄時代の国鉄動力車労働組合(動労)、鉄道労働組合(鉄労)などが結集し、1987年に設立された各社組合の連合体である。しかし、方針の対立から組織が分裂し、1992年にJR連合が結成された。現在ではJR東海、JR西日本、JR四国、JR九州の各社では、ほぼ全ての社員がJR連合に加盟する組合に加入している。そして賃金カットに対する反応は、JR総連とJR連合で真っ二つに分かれている。

 JR西労組は筆者の取材に対し、「(賃金カットについて)ここ10年はそのような事例は聞いておらず、組合員からの相談もない」とした上で、「乗務員の勤務は分単位で定められており、時間を守らねばならない」として特に問題視はしていないという認識を示した。また、会社側と定期的に行っている安全に関する意見交換に参加しないJR西労と共同して対応するつもりはないと明言した。

 またJR連合も「本件につきましては、報道ベースではこのような案件があることは承知していますが、当事者として詳細な事実関係を把握していることではなく、また何らかの相談や依頼等を受けていることもないのが実情です」と冷ややかだ。

 一方、JR西労はJR総連系の組合との「連帯」を強調。JR東日本でもかつて番線の間違いやトイレに行ったことで所定の時間に遅れ、賃金カットされた事例があったが、現在では「JR福知山線脱線事故を機に、同種事象での賃金カットは行わない旨の労使合意がなされている」として、JR西日本の対応を批判する。

 JR東日本では長らく、JR総連の下部組織である東日本旅客鉄道労働組合(JR東労組)が過半数を占めていたが、2018年以降、大量の組合員が脱退し、現在は5%弱まで落ち込んでいる。JR西労は、JR東労組が多数派を占めていた時代にそのような「合意」がなされており、合意文書も確かに存在するとの主張だ。

 ところがJR東日本に聞くと、そのような「合意」はなされていないという。しかしながら「所定列車に乗務した場合は(列車遅延が生じた場合でも)基本的に欠勤として取り扱わない」として「基本的に賃金の減額は行っておらず、過去10年以上、この取扱いは変わりありません」としており、実質的に賃金カットは行っていないとの見解を示した。

『戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団』書影本連載の著者・枝久保達也さんの『戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団』(青弓社)が好評発売中です

 これほどの落差に筆者は、賃金カットはJR西労所属組合員への締め付けとして行われているのではないかとの想像まで抱いたが、JR西労によればJR西労組所属組合員に対しても賃金カットは行われており、そうした性格のものではないようだ。

 さまざまな組織、立場が入り乱れ、まさしく奇々怪々と言うべき事態。しかしながら、どの組合が主張するにせよ、安全に対する議論は真正面から取り上げるべきではないだろうか。

 JR西日本は当連載でも度々取り上げてきたように、安全性向上を目的とした計画運休や終電繰り上げのいち早い実施や、デジタルなど新技術を積極的に取り入れた組織改革を進めているだけに、賃金カットへの並々ならぬこだわりは奇異に映る。

 こうした「強い」労務管理は、国鉄末期からJR発足に至るまでの複雑な組合問題を引きずっているとも言われる。国鉄民営化から34年が経過してなお、国鉄の亡霊は鉄路をさまよっている。