【その2】
哲学と宗教、その定義づけについて

〈てつ・がく〔哲学〕
1.(philosophy)(philosophiaは愛智の意。西周(にしあまね)は賢哲の明智を希求する意味で、周敦頤(しゅうとんい)の「士希賢」ということばに基づき希哲学と訳し、それが哲学という訳語に定着した)物事を根本原理から統一的に把握・理解しようとする学問。古代ギリシアでは学問一般を意味し、近代における諸科学の分化・独立以降、諸科学の批判的吟味や基礎づけを目ざす学問、世界・社会関係・人生などの原理を追求する学問となる。認識論・倫理学・存在論・美学などを部門として含む。
2.俗に、経験などから築き上げた人生観・世界観。また、全体を貫く基本的な考え方・思想〉

 上の文章は『広辞苑〈第七版〉』から引用したものです。
少し説明すると、西周(にしあまね)(1829-1897)という明治時代の啓蒙思想家が、philosophy というピュタゴラスが初めて使ったとされるギリシャ語を、哲学と翻訳した経緯が書かれています。

 フィロソフィーという言葉は、「知(sophy)を愛する(philo)」の意味です。「愛知学」でもよさそうですが、それではあまりありがたみがないと考えたのか、朱熹(しゅき)によって朱子学の祖とみなされた宋の学者、周敦頤(しゅうとんい)の言葉「士希賢」を応用し、希哲学と訳しました。

 希には「こい願う」という意味があり、哲には「あきらか」という意味があります。

 希哲学すなわち「あきらかにすることをこい願う学問」、という意味の造語になった。

 そのうち、いいやすい「哲学」となって定着したようです。

 次に宗教についても『広辞苑』を引用してみましょう。

〈しゅう・きょう〔宗教〕(religion)神または何らかの超越的絶対者、あるいは卑俗なものから分離され禁忌された神聖なものに関する信仰・行事・制度。また、それらの体系。帰依者は精神的共同社会(教団)を営む。アニミズム・自然崇拝・トーテミズムなどの自然宗教、特定の民族が信仰する民族宗教、世界的宗教すなわち仏教・キリスト教・イスラム教など。多くは経典・教義・典礼などを何らかの形でもつ。教祖がいる場合は創唱宗教と呼び、自然宗教と区別する〉

 この宗教という言葉も、幕末の頃に流入してきた religion の訳語が必要となって採用されたものでした。

 なお religion は英語です。ラテン語の religio から派生しました。

 この言葉は「再び」という意味の接頭語reと、「結びつける」という意味の ligare を組み合せて成立した語といわれています。「神と人を再び結びつけるもの」というニュアンスなのでしょう。

 この語をいかに翻訳するかについては、幕末から明治初期にかけて意見が分かれました。

「宗門」、「法教」、「教門」、「神道」、「聖道」などがあったといわれています。現在のように「宗教」がreligionの訳語として定着したのは、1884年に出版された改訂増補の『哲学字彙(じい)』に掲載されたのが、契機となったとされています。

 さて、哲学と宗教についての定義を、『広辞苑』を中心に説明しましたが、どちらもたいへんに難解な内容です。

 そこで、もう一度回り道をして philosophy と religion を、英英辞典で検索してみました。

 使ったのは『新英英大辞典』〈縮刷版〉IDIOMATIC AND SYNTACTIC ENGLISH DICTIONARY(1942年初版第1刷。1972年第113刷発行の版より引用)です。

 この辞書は1942年に連合王国の Oxford University Press から発行されたものの写真版が、そのまま世界各地に行きわたり、日本にも輸入されたものです。

 なお、本書では日本独自の呼称であるイギリスではなく、「連合王国」と記します。

「phi-los-o-phy n. 1. love of wisdom and the search after knowledge, esp, of the cause of natural phenomena, the facts or truth of the universe, and the meaning of existence.」
「叡知への愛。そして知識の探求、特に自然現象の原因、宇宙の事実と真実、さらに存在することの意味などに関わる知識の追求を愛すること」
「re-li-gion n. 1. belief in the existence of a supernatural ruling power, the creator and controller of the universe, who has given to man a spiritual nature which continues to exist after the death of the body.」
「超自然的な支配力、すなわち宇宙の創造者や支配者(神)の存在を信じること。それらは人間が死んで肉体が滅びても、滅びることなく存在し続ける霊的な本性(霊魂)を、人間に与えてくれる」

 どちらも僕が翻訳したものです。

「宗教」の訳文中の「(神)、(霊魂)」は、僕が挿入しました。

 この英英辞典を読むと、哲学や宗教についての、「それは何ですか?」という素朴な問いに、より明快に答えてもらったように感じませんか?

 象牙の塔ではなく僕らの住む日常の世界では、哲学や宗教についての定義づけはこれで十分であると考えます。

 本書は学術書ではないので、定義づけの厳密さなどよりも、どのような人物が、どのような時代に、どんな哲学や宗教を生み出してきたのか、その事実を知ることのほうが大切だと考えました。

 この本では、哲学者、宗教家が熱く生きた3000年を出没年つき系図で紹介しました。

 僕は系図が大好きなので、「対立」「友人」などの人間関係マップも盛り込んでみたのでぜひご覧いただけたらと思います。

 では次回は、人間が抱き続けてきた、2つの素朴な問いについて話を進めたいと思います。

(本原稿は、11万部突破のロングセラー、出口治明著『哲学と宗教全史』からの抜粋です)