唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊。現在、13万部突破のベストセラーとなっている。「朝日新聞 2021/11/27」『売れてる本』(評者:郡司芽久氏)、「TBSラジオ 安住紳一郎の日曜天国」(2021/11/21 著者出演)、「日本経済新聞 2021/11/6」『ベストセラーの裏側』、「読売新聞 2021/11/14」(評者:南沢奈央氏)でも紹介されるなど話題を呼び、坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。好評連載のバックナンバーはこちらから。

【天才たちの医学史】生物学を大きく進歩させた織物商人が発見した「驚くべき世界」Photo: Adobe Stock

顕微鏡が明らかにした世界

 十六世紀後半に顕微鏡が発明されるまで、人の目に見えないものは「存在しないもの」であった。細菌やウイルス、寄生虫といった微生物、血液に含まれる白血球や赤血球、毛細血管のような細かな血管を肉眼で見ることはできない。ゆえに、その存在は全く知られていなかった。

 イギリスの科学者ロバート・フックは、自作の顕微鏡を用いて昆虫や植物などを仔細に描写し、一六六五年に『ミクログラフィア』を著した。その中でフックは、コルクを顕微鏡で観察すると小さな孔が無数に見えることを報告した。

 それはまるで、修道僧が住む質素な独居房のようだった。フックはこの孔に、「小さな部屋」という意味で「セル(細胞)」と名づけた。

 これは、生物学における極めて重大な発見だった。のちに、それは単なる「部屋」ではなく、生物を構成する最小の「単位」だと判明するからである。

 その後、生物学に大きな進歩をもたらしたのは意外な人物だった。アントニ・ファン・レーウェンフックというオランダの織物商人である。

 レーウェンフックは、布地の縫い目や織布の糸を確認するため、拡大鏡をよく使っていた。彼はレンズに強い関心を持ち、五〇〇個以上のレンズを自作した。中には二七〇倍にまで拡大できるものもあった。そのレンズで水滴を観察したとき、彼は驚くべき世界を目の当たりにする。そこには、目に見えない「微小動物」が無数に存在していたのだ。レーウェンフックは、さらに人体をも観察した。肉眼では見ることができなかった血球や精子を観察し、口の中にも微小動物(のちに細菌と呼ばれる)を初めて見つけたのである。

 レーウェンフックは名の通った科学者ではなく、一介の商人であった。彼にできることは、自らの発見を手紙に書き、ロンドンの王立協会に繰り返し送り続けることだった。目的は称賛を得ることではない。彼を突き動かしたのは、ほとばしる知識欲だった。「なにかしら驚くべきものを発見するたびに、その発見を書きとめ、あらゆる独創的な人たちに知らせることが自分の義務である」。のちにそう語る彼の革命的な偉業は、こうして医学の歴史に残ったのである。

 ところが、こうした微生物が、単に「小さい」だけでなく、当時もっとも多くの人命を奪っていた「感染症の原因」であるということは、十九世紀後半まで知られなかった。病気が流行することは知られていたが、それが微生物によるものだとは誰も気づかなかったのだ。

【参考文献】
『50の事物で知る 図説医学の歴史』(ギル・ポール著、野口正雄訳、原書房、二〇一六)
『図説医学の歴史』(坂井建雄著、医学書院、二〇一九)

(※本原稿は『すばらしい人体』を抜粋・再編集したものです)