生物とは何か、生物のシンギュラリティ、動く植物、大きな欠点のある人類の歩き方、遺伝のしくみ、がんは進化する、一気飲みしてはいけない、花粉症はなぜ起きる、iPS細胞とは何か…。分子古生物学者である著者が、身近な話題も盛り込んだ講義スタイルで、生物学の最新の知見を親切に、ユーモアたっぷりに、ロマンティックに語る『若い読者に贈る美しい生物学講義』が4万部突破のベストセラーになっている。
「AI」「シンギュラリティ」「進化」など、ビジネスシーンでも見かけることの多い気になる科学用語について、生物学の専門家であり、本書の著者である更科功さんに、じっくりと話を伺ったところ、全く新しい視点が手に入ったーー。
(取材・構成/イイダテツヤ、撮影/疋田千里)
生物学者がAIの進化について思うこと
──この本では進化を説明する「自然選択」という言葉を取り上げて、AIの進化やシンギュラリティ(技術的特異点)についても語っています。とてもおもしろい視点ですが、どういう思いで書かれたのでしょうか。
更科 この本で取り上げた「自然選択」とは、2つの条件によって自動的に起こる現象のことです。たとえば、キリンには、親よりも少しだけ首が長い子どもが生まれることがありますよね。そのように親とは異なる複製(子ども)が生まれること、それが1つ目の条件です。
2つ目は、生き残る数よりも多くの複製(子ども)を生むこと。たとえば、2匹の子どもが生まれたとして、そのうちの1匹だけが生き残る。ちょっと残酷な話でもありますが、首の長さが普通のキリンと、少しだけ長いキリンがいた場合、その環境が、首が長いほうに有利なのであれば、後者が適応して、生き残っていく。
このたった2つの条件が整うだけで自然選択は起こります。この本の中では「自分が農作業をしなくていいようにロボットを作る」という架空のストーリーによって自然選択の話を紹介しています。このロボットが、自分とはちょっと違う複製を作り出すようになり、それを2台作ることによって、優れたほうが生き残り、どんどん性能が上がっていく。ある意味では、非常に恐ろしいストーリーです。
自然選択は私たちの周りで当たり前のように起こっていて、あまり意識されませんが、じつは凄くパワフルなものです。自然選択が起こることで、生物であれ、テクノロジーであれ、急激に進化し、性能が上がっていくからです。
AIについていえば、シンギュラリティ(技術的特異点)とは、AIが自分より優れたAIを作り出す時点と捉えられていますが、「AIに自然選択が働き始める時点」がシンギュラリティだと、私は考えています。
AIが勝手に「自分とは少し違う複製」を、複数生み出すようになったら、加速度的に進化は進み、人間の手には負えなくなるでしょう。人類は自然選択を過小評価しているところがありますが、AIの進化や活用において、自然選択が起こらないように注意したほうがいいんじゃないかと思います。
1961年、東京都生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。民間企業を経て大学に戻り、東京大学大学院理学系研究科修了。博士(理学)。専門は分子古生物学。東京大学総合研究博物館研究事業協力者、明治大学・立教大学兼任講師。『化石の分子生物学』(講談社現代新書)で、第29回講談社科学出版賞を受賞。著書に『宇宙からいかにヒトは生まれたか』『進化論はいかに進化したか』(ともに新潮選書)、『爆発的進化論』(新潮新書)、『絶滅の人類史』(NHK出版新書)、共訳書に『進化の教科書・第1~3巻』(講談社ブルーバックス)などがある。
──AIなどテクノロジーの領域では、まだ自然選択は起こっていないということでしょうか?
更科 自然選択は、まだ働いていないと思っています。AIが、生物の突然変異のように「勝手に違うものを生み出す」というところには到っていませんし、現状では、物理的に自分の複製を作っていないでしょう。
ただ、物質は作らないまでも、コンピューターウィルスのようにデジタル空間でも自然選択は働くので、そういった空間でAIが勝手に動き出し、自然選択の条件を満たすようになる可能性は十分ある。
自然選択が働き出したら、その時点ではもう手遅れなのですが、残念ながら、あまり語られない話ですね。