90万部超のベストセラー『超一流の雑談力』の著者であり、30年で3000社の上場企業に対してコミュニケーションや英語をテーマにした研修を行ってきた安田正氏。その研修で使用しているプログラムを改良・応用して書き綴り、惜しげもなく公開したのが武器になる話し方だ。インタビュー第1回では、「聞く力」について聞いた。(取材・構成/堀 香織 撮影/石郷友仁)

話しがずれまくる人の話を自然に感じよく戻す「とっておきの方法」とは?Photo: Adobe Stock

相手の求めていることを分析してから話す

──『武器になる話し方』を拝読し、安田さんが30年で培われた“コミュニケーション力の髄”をここまで惜しげもなく公開してしまってよいのかと正直驚きました。

安田正(以下、安田) この価格で出したらいけないんだけど(笑)、私ももう社会に貢献すべき年齢だと思い、すべてを放出しました。

──誰でも日々トライできる、具体的な実践方法が書いてあるのが特によかったです。冒頭にあるのは、「聞き方」の見直し。たとえ反論したくても、「いや」「でも」と否定するのではなく、「たしかに」「そうなんですね」「わかります」など「相手の気持ちを受け止めるつなぎ言葉」を使う、と書かれています。

安田 聞く力はコミュニケーションには必須の能力だと誰もが知っていますが、実践できているかはまた別ですからね。あらためてその重要性を伝えようと思いました。

──安田さんが「聞く力」に注目したのはいつごろですか?

安田 セミナーを始めてすぐです。セミナーの内容が良かったか悪かったかというのは、聴講者のニーズに応えられたかどうか。彼らのニーズを私がはっきりと把握していればしているだけ、成功は間違いありません。

ある専門医に機械や機材を営業する企業のセミナーに、講師として招かれたことがありました。命題は「苦手なタイプに対するアプローチ方法」。これに「相手が喜ぶ情報など手土産は必ず持参する」などの一般論で答えても、彼らは新しいことを学べたとは思ってくれません。

そこで事前に「苦手なタイプとはそもそもどういうタイプですか?」と尋ねておきました。すると、「傲慢」「わがまま」「人の話を聞いてくれない」「アポさえ取らせてくれない」などというワードが出てくる。私は、「傲慢な人にはこうしたらいい」「アポはこうして取ればいい」という具体的な策やコミュニケーションのツボなどを2時間みっちり話し、セミナーは大盛況に終わりました。

──つまり、相手が求めているものを理解せずに話は成り立たない、ということなんですね。

話のメインかサブかを意識する

安田 話の中には、大切なメインストリームがあります。その周囲に、些末な情報があります。これをサブとしましょう。

サブはメインストリームを補完するうえ、ネタとしてもとても面白い。かくして、話す方も聞く方も、サブに惹きつけられてしまう人が多いのです。

最近だと、音声SNSアプリの「Clubhouse」で感じたことがあります。皆さん、最初に「テーマ」を決め、それについて語り合う予定で集まります。でも、テーマに沿って話ができる人、話を引き出すために聞ける人というのは、1%もいない。テーマについて話しているように見せかけて、自分の好きな話題を滔々と喋っている人が圧倒的に多いのです。

大事なことは「メインストリームは何か?」を常に意識して話すこと、そして聞くことです。メインなのかサブなのか、その違いだけはいつも意識した方がよいですね。

──メインストリームを聞けるようにするのによい方法はありますか。

安田 まずは、自由な意見を求めるようなオープンクエスチョンではなく、相手が答えやすい「イエス、ノークエスチョン」を試してみましょう。

例えば「週末の過ごし方」がテーマだったとして、「外に出かけるのはお好きですか?」「以前に、このようなことはおやりになった経験はありますか?」と、「イエス」「ノー」だけで答えられる質問をします。これによって相手の焦る気持ちはやわらぎます。

次に、その答えを拾って、話をまとめてあげるのです。例えば、外に出かけるのは好きではないという方には、「私も実はインドア派で、料理をしたり映画を見たりしています。あなたはいかがですか?」というように。

「イエス・ノークエスチョン」というのは便利で、その返答によって相手のコミュニケーションレベルを見分けることもできるんですよ。

──レベルの低い人と話してイライラする場合はどうしたらよいですか?

安田 イライラするのは、自分のすべての質問に対して、相手の答えがズレるからですよね。それは相手の会話のレベルが低いというのもあるけれど、自分の聞く力のなさでもあるんですよ。

だから、相手の言葉を「こういうことですよね?」とまとめてあげるのがよいと思います。とにかく短く、できたら10秒が理想です。そうすると、相手も影響を受けて、そのような要点をうまく言葉にできるような話し方にだんだんとなってきます。

「質問」というのはいろんな要素がありますが、特に相手のニーズや論点を明快にするという点で重要な役割をしています。このことを理解し、意識しておくことが大切です。

キャディが自ら動くようになるコミュニケーションとは?

──『武器になる話し方』には、コミュニケーションを劇的に変える方法はひとつ、それは「サービス精神」である、と書かれています。

安田 サービス精神というのはコミュニケーションの原点ですよね。それさえあればコミュニケーション能力はすぐに上がります。

私は3年前からゴルフを始めました。ゴルフ場は私にとっては営業の場所ではありませんが、私のサービス精神は習慣化されているから、どこに行っても発揮されてしまうんです。まずは挨拶。それから雑談。「今日はいい天気だね」とかね。

次に、キャディさんの言うことを素直に聞きます。そして「キャディさんの言うとおりにやったらうまくいった」ということを、普通の人より大げさにフィードバックする。するとどうなると思いますか?「次はこの人にもっと教えてあげよう」と思ってくれるのです。

──自分の態度が相手の行動を変えるわけですね。

安田 そうです。3ホールほど終わったときには、もう私の専属です(笑)。別れるときには「安田さん、次はいつ来るの?」と尋ねてくれますしね。

次に行ったときは、どら焼きとか「皆さんで食べてください」と渡すんです。もう、第1ホールから私のフォームを分析して、アドバイスしてくれますよ。ビデオカメラを用意してくれる人までいます。

──キャディさんにとっても楽しいし、ゲストからそういう接し方をされたら、自分の仕事が認められていると自信も大きくなりますよね。

安田 私はいま68歳ですが、60歳以上の男性はそういう接し方が意外にできないんですよ。後ろから見ただけで「この人は大企業の役員だな」とわかるような歩き方をする人がいて、たいがいキャディさんに対する言葉が命令口調。「あれ持ってきて」とかね。もちろんさっと動いて持ってきてはくれますが、内心では「自分で行け!」なんて思っているんじゃないかな(笑)。

私はそんな話し方は絶対にしません。笑顔を絶やさず、ですます調で、お願い事があれば丁寧にします。そうすると、逆に私が何か取りにいくために走ろうとしたときは、キャディさんが「安田さん、私行きますから」と引き留めてくれます。そのうち、私が取りにいくより先に気がついて持ってきてくれるようになる。

つまりそれが「コミュニケーション」なんです。ゴルフ場だけではない、生きている環境すべてにおいて正しくコミュニケーションを行えば、人間関係は春が芽吹いたようにうまくいく。まさにこの世の春が来たような感じになるんです。

──自分がどこかの場所で挑戦したことが花開くと、他の場所でもできるようになって、そこもどんどん雰囲気がよくなるということですね。

安田 そうです。コミュニケーションはアプリではない。OSなんです。

この方法は、営業時代に偉い方の接待でやってみて成功したもので、いくらでも応用が効くんですよ。応用が効かなかったのは、うちのかみさんだけです(笑)。