「売上を増やせ。利益は減らすな」「減益になりそうなので、マーケティングコストを削ろう」「うちは無借金なので健全経営です」「その事業は黒字だから問題ない」……そんなフレーズが、あなたの周りにあふれていたら、その組織は、未来の成長よりも、目先の売上・利益の増減に一喜一憂する「PL脳」に侵されているかもしれません。日本にアマゾンのような革新的な急成長企業が生まれない理由の一端もそこにある、と元ミクシィ社長の朝倉祐介さんは考えます。なぜPL脳が問題なのか、PL脳の代わりに身につけるべき、成長を描いて意思決定する頭の使い方「ファイナンス思考」とはどのようなものか、新刊『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』の「はじめに」より一部抜粋してご紹介していきます。

日本からアマゾンのように大きくスケール(成長)する企業が輩出されないのはなぜか。
・なぜバブル崩壊以降、先進的な技術や優秀で勤勉な人材を抱えているはずの日本企業が、総じて停滞してしまっているのか。
・どうすれば、日本から真に社会的インパクトを発揮する企業や新産業を創出することができるのか。

 こうした問題意識を出発点に執筆したのが7/12に発売された拙著『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』です。

朝倉祐介(あさくら・ゆうすけ)
シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。2017年、シニフィアン株式会社を設立、現任。著書に、新時代のしなやかな経営哲学を説いた『論語と算盤と私』(ダイヤモンド社)(amazonレビュー54件、4.8/5点)がある。(写真:疋田千里)

日本経済の低迷が叫ばれて久しく、過去20年以上にわたり、低成長がもはや定常化した状態が続いています。「失われた10年」というフレーズがいつの間にか「失われた20年」にすり替えられ、今となっては「失われた30年」に改称されようとしています。近年では「スタートアップ」と呼ばれる新興企業群への資金流入が進み、にわかに盛り上がりを見せてはいるものの、その進展はアメリカや中国といった他国と比べると遅々としたものがあり、いまだに大きなブレークスルーには至っていません。

 こうした現状の背後に、少子高齢化と人口減少による生産・消費の停滞といった社会構造の変化が大きな影響を及ぼしているということは、広く共有されている理解でしょう。ですが、こと、ビジネスの当事者や仕事の現場に目を向けると、「ファイナンス思考」の有無が、企業・経済の成長を大きく左右しているように思われてなりません。

「PL脳」という病

今、多くの日本企業を病魔が蝕(むしば)んでいます。「PL脳」という病です。

「PL脳」とは、目先の売上や利益を最大化することを目的視する、短絡的な思考態度のことです。

「売上や利益を引き上げることこそが経営の目的」という主張は、一見するとそれらしく思える考え方かもしれません。ですが、目先の損益計算書(PL)の数値の改善に汲々(きゅうきゅう)としすぎるあまり、大きな構想を描きリスクをとって投資するという積極的な姿勢を欠き、結果として成長に向けた道筋を描くことができていないのが、現在の日本企業ではないでしょうか。

こうした考え方が、経営者や投資家、従業員やメディアといった、会社を取り巻く多くの人々の脳裏に深く根づいているために、多くの日本企業は思い切った一手を打つことができず、内向き志向で縮小均衡型の衰退サイクルに入ってしまっていると私は考えています。

「PL脳」に基づく経営は、高度経済成長期には一定の合理性をもっていました。直線的な成長を続け、将来のビジネス環境についての予測可能性の高い経済環境下では、昨年よりもよい業績を作るために改善を続ける「PL脳」が、十分有効に機能したのです。

 ところが、社会が成熟化し、かつてのような直線的成長が望めない社会や、技術革新のスピードがかつてなく速く、既存のビジネスが急速に陳腐化しかねない不確実な事業環境においては、より意志をもった主体的な経営の舵取りが求められます。
「PL脳」では、21世紀の事業環境を御することはできないのです。

ファイナンス思考とは?

 高度経済成長期の勝ちパターンである「PL脳」の呪縛(じゅばく)を解き、バブル以降の停滞状況を抜け出すためには、時代の変化に即した新たな考え方、パラダイムを理解することが必要です。そして、成熟化した不確実な時代を切り拓くパラダイムとして、拙著『ファイナンス思考』で提起するのが「ファイナンス思考」です。

 ファイナンスとは、会社の価値を最大化するために、外部からの調達や事業を通じてお金を確保し、そのお金を事業への投資や資金提供者への還元に分配し、これらの経緯の合理性をステークホルダーに説明する一連の活動のことです。
 拙著で述べる「ファイナンス思考」とは、こうしたファイナンスを扱う土台となる考え方です。「会社の企業価値を最大化するために、長期的な目線に立って事業や財務に関する戦略を総合的に組み立てる考え方」のことであり、より広く解釈すれば、「会社の戦略の組み立て方」ともいえます。

 「ファイナンス思考」は単に会社が目先でより多くのお金を得ようとするための考え方ではなく、将来に稼ぐと期待できるお金の総額を最大化しようとする発想です。この点で、ファイナンス思考は、価値志向であり、長期志向、未来志向です。

 現在、世界を牽引するグーグル(Google。社名はアルファベット)、アップル(Apple)、フェイスブック(Facebook)、アマゾン(Amazon)という米国のIT4社のことを、その頭文字を取って“GAFA”と呼びます。“GAFA”に象徴される、スケールする急成長企業を本気で日本から生み出そうと考えると、「PL脳」の発想では到底実現できません。そうであるにもかかわらず、大企業ばかりか、新進気鋭の新興企業までもが、前時代的な古いパラダイムに即した経営に終始していることに、私は忸怩(じくじ)たる思いを抱えています。

 未来の社会を支える新たな産業を創出するためには、モノづくりの精緻さや技術の磨き込みだけではままなりません。ビジネスに対する考え方のOSを根本的に入れ替え、「PL脳」から「ファイナンス思考」にアップデートすることで、「21世紀型の日本的経営」を再構築することが必要だと考えるのです。

個人にとって武器となる「ファイナンス思考」

「日本から新たな産業を創出する」などと聞くと、どこか遠い世界の出来事に聞こえてしまうかもしれません。

 ですが、「ファイナンス思考」は、日本の企業で働くビジネスパーソンにとって必須の基礎教養です。まずもって、日本企業が「ファイナンス思考」に基づいて機能するためには、そこで働く人々の理解が不可欠だからです。今後、私たちを取り巻く世の中はますます複雑になります。将来の見通しが困難な環境において、「ファイナンス思考」は答えのない時代を生き抜く武器になるでしょう。

 また同時に、ファイナンス的なモノの考え方は、会社経営や経済活動のルールそのものでもあります。オセロや将棋と同様に、日々の会社の活動についても根本のルールを知らないことには、何が正しいのか、何が起こっているのかを理解できるはずがありません。従業員として言われた指示を場当たり的にこなしているのでは、オセロや将棋の「駒」になってしまいます。ファイナンスの考え方について知ることは、自分たちが取り組む目の前の仕事が会社全体の活動とどのように紐(ひも)づいているのかを理解することにつながります。それは、現代における経済の枠組みのダイナミズムを理解することにも通じるでしょう。

 そして投資家にとっては、ファイナンスについて理解を深めることが、事業の本質を見抜き、真に成長する企業を特定するセンスを培うことにつながります。PL上の業績数値は、極めて理解しやすい指標です。それだけに、ともすると個人投資家は、こうした指標の増減に依存して、投資先の会社の良し悪しを測ってしまいがちです。しかし、指標の裏側に込められた意思を理解することによって、無機質な数字の羅列であった業績数値がより立体的に浮かび上がり、会社の本質的な成長に関する見立てがしやすくなるはずです。

 また私としては特に、これからの日本社会を支える若い世代の方々にこそ、食わず嫌いをせずに「ファイナンス思考」を身につけていただくことを願っています。「PL脳」に基づく経営は、長期的な成長に向けた投資よりも目先の業績指標の増加を優先するという点で、会社の未来の価値を毀損し、将来の利益を先食いする手法だからです。

  長期的な価値の向上が後回しにされ、将来の利益が減ることで悪い影響を受けるのは、現在の若い世代です。そうした若い世代こそが「ファイナンス思考」を身につけ、理論武装することによって、会社の価値を毀損するような活動に異議を唱えなければなりません。いまだに高度経済成長期の成功体験に固執する老人たちに、私たちの未来を委ねるわけにはいかないのです。
 幸いにして、「ファイナンス思考」を理解するために複雑な数学の知識などは必要ありませんし、コツをつかむこと自体はそれほど難しくありません。単に、知っているか知らないかの違いにすぎません。ですが、こうした理解の有無が、後々には大きな違いを生むのです。
(つづく。次回は7/15日曜公開)