デンマーク創業のブロック玩具メーカーが急成長を遂げています。『レゴ 競争にも模倣にも負けない世界一ブランドの育て方』では、レゴの強さの真髄を描きました。本連載ではレゴを知るキーパーソンに強さの理由について解説してもらいます。インターネット上でファンが「自分の欲しいレゴ」を制作し、投票によって製品化を決める「LEGO IDEAS(レゴアイデア)」というサービスをご存じでしょうか。レゴが2014年に開始し、ファンのもつ知恵を開発に生かす取り組みとして、同社の躍進を支えています。実はこのサービスの原型は、日本人起業家のアイデアに基づいています。1997年にエレファントデザインを創業した西山浩平氏だ。同社は2000年代前半からユーザー参加型の商品企画サイト「空想生活」と呼ぶ、現在のクラウドファンディングに近いコミュニティ・サービスを開始。2008年からは「LEGO CUUSOO(レゴ空想)」の名称で、レゴと共同で実験サービスを始めました。その詳しい経緯については本書をご覧いただきたいが、本連載では、実質的なレゴアイデア生みの親である西山氏に、レゴの強さを聞きました。(聞き手は蛯谷敏)

西山氏インタビュー1回目>「なぜ、レゴはファン主導のユーザーイノベーションに成功したのか」

レゴが経営危機で学んだ真実「ヒットの種は、ユーザーが知っている」レゴアイデアの原型を生み出した日本人起業家、西山浩平氏(Photo:Keiko Chiba/Nacasa & Partners Inc.)

――レゴはもともと、ユーザーが生成するコンテンツを生かす考えには乗り気ではなかったようですね。

西山浩平氏(以下、西山) そうですね。これは、レゴに限ったことではありませんが、一般には、メーカーはイノベーションの源泉が自分たちにあると信じています。まさか、ユーザーが自分たちよりも優れたレゴ作品を作れるとは思っていませんし、仮にユーザーと一緒に作ると言っても、主導権はあくまでもメーカーが持ちたいと考えます。

経営危機が変化を後押しした

――これが、多くの企業でユーザーイノベーションが起こりにくい理由の一つになっているわけですね。

西山 そうですね。皮肉な話ですが、なぜレゴがユーザーイノベーションに成功したかというと、経営危機だったという背景も大きかったと思います。「現状ではダメだから新しいことを始めるべきだ」という機運が組織全体に高まっていました。

 現在のレゴのように経営が順風満帆だったら、判断は違っていたかもしれません。

 一方で、今のユーザーイノベーションが永続的にレゴを支えられるかというとそうではないのも事実です。「UGC(ユーザー・ジェネレーテッド・コンテンツ)」と呼ばれる、ユーザーが生成したコンテンツが広がるためには、コンテンツを生む人とそれを享受する関係が構築されていることが不可欠です。そしてこの考えには、「誰のものでもあって、誰のものでもない」という特徴を持っている。つまりレゴを再び危機に陥れる可能性もはらんでいるわけです。

 例えば、レゴが注視していたのが、中古のレゴブロックを使って「レゴアイデア」に近い仕組みを実現していた「BrickLink(ブリックリンク)」というサービスです。もともとはレゴの中古品を売買するファン向けのサイトでしたが、そこから発展して、「レゴ空想」のように、ファンが作りたいモデルを紹介して、それに必要なブロックを用意して、一定の購入希望者が集まったら販売するというビジネスを始めました。

「レゴアイデア」との最大の違いは、より小回りが利く点でした。中古製品を集めて製品化するので、「レゴアイデア」のように1万票の投票が集まらなくても、在庫にある10票が集まるだけで、損益分岐点を越えられる。中古のレゴ製品に組み立ての説明書を付加価値として付けるようなサービスだったので、希望者が10人でも商品化できたんです。

 一方で、レゴの場合は、収益を考えればそんな小さな単位で開発・製造することは難しいでしょう。

レゴが経営危機で学んだ真実「ヒットの種は、ユーザーが知っている」経営危機に直面し、ユーザーの声を真摯に聞くようになったレゴ(Photo:永川智子)

――レゴの存在を中抜きして、個人間売買の市場が生まれたわけですね。

西山 レゴが工場で製造して出荷するのでなく、個々のユーザーがばらばらに持っている中古のレゴブロックが束ねられて、ユーザーに届く。ネット的な分散型の売買の仕組みが生まれました。この仕組みはユーザーの支持を集めて、ものすごい勢いで伸びていきました。

 結果的に、ブリックリンクは2019年にレゴが買収していますが、同社のような取り組みはほんの一例にすぎません。UGCの世界は、今もどんどん進化していますから。ユーザーイノベーションについては「これで終わり」という状況は永遠に訪れません。常に新しい取り組みを続けていかなければ、時代に取り残されていくことになります。

――レゴも変化を続ける必要があるわけですね。

西山 ブロック一つとっても、競合他社はどんどん品質を高めて力を付けています。だから、レゴは常にイノベーションのジレンマの標的になると思います。

 実際、今はデジタルゲームの世界でそれが起きています。「ロブロックス(Roblox)」「サンドボックス(Sandbox)」はオンラインゲームですが、いわばレゴのデジタル版をやっているわけです。

 レゴと同じようにUGCの仕組みでオンラインゲームが広がっていった時、当然、子どもの可処分時間の争いになります。その時間は、どんどん奪われていく可能性はありますよね。ですから、レゴは常に変わっていく必要がある。長期的には必ずイノベーションのジレンマに陥るわけですから、それをいかに乗り越えるかということが大切なのです。