1-800-273-8255。米国版「いのちの電話(Life Line)」の番号をタイトルにしたラップをご存じだろうか。
歌詞は死にたいと思い詰めている人の言葉に始まり、曲半ばから電話の向こうでそれに応える第三者の声が交じりあう。そして曲の終盤、ついに「生きたい、死にたくない」という言葉が引き出される。誰かと対話をしながら、死の影の谷を抜け出していく。そんな希望と回復の物語を描いた米国のラッパー、ロジックの代表曲だ。
2017年4月28日にリリースされ、4カ月後に公開されたMVは動画サイトで20年末までに10億回以上、再生されている。
昨年12月、BMJ(英国医師会雑誌)のクリスマス号に、この曲が実際に自死を抑制したという調査結果が載った。
オーストリアの研究グループは、曲のリリース日、540万人の視聴者の前で行われたMTVミュージック・アワードでのパフォーマンス(17年8月27日)、そしてグラミー賞授賞式でのパフォーマンス(18年1月28日)を起点に、関連するSNSの時系列データを収集。これと合わせ、10年1月1日~18年12月31日までの全米Life Lineの総通話数と米国立保健統計センターから入手した自死件数のデータを解析した。その際、同じ期間にメディアで扱われた著名人の自死の報道や、自殺予防月間の影響を調整している。
その結果、三つのイベントの直後から曲に関する検索が爆発的に増加。さらに各イベント後の34日間にLife Lineへの通話数が通常よりも6.9%、有意に上回った。これはおよそ1万件の増加に相当する。
また、この間の自死数は通常の予想人数を5.5%下回り、およそ250名の自死を抑制したことが判明した。通話増と自死数の減少を直接、結びつけるのは難しいが、ロジックの曲が対話と自死抑止に働いたことは間違いない。
つらいときは誰かに助けて欲しいと訴えよう。その行動は恥でも何でもなく「生きたい」という心の表れだから。#いのちSOS、0120-061-338。
(取材・構成/医学ライター・井手ゆきえ)