アメリカの競争力に貢献している中国人も多い

 わかりやすいのが今、アメリカで着々と進行している研究現場での中国人研究者などの解雇だ。日本でもよく言われる「技術を盗む」という懸念からなのだが、これは「中国人を排除したので技術が守られました、めでたしめでたし」という単純な話にならない。

 GAFAに象徴されるアメリカの産業の競争力に、実はこれまで中国人はかなり貢献してきたからだ。オランダにある学術情報を扱う国際的出版社・エルゼビアによれば、20年の中国の国際共著論文の38%が米国の研究機関の研究者との連携であり、米国の共著論文の26%も中国との連携だという。これほど結びついている二国はない。

 全米科学財団(NSF)によれば、アメリカの大学で18年に理工系博士号を取得した学生のうち37%は留学生。しかも、その中で中国人は約4割でダントツに多いという。つまり、「技術を盗む」という中国人が存在しているのは紛れもない事実だが、一方でアメリカの競争力に貢献している中国人もそれ以上に多く存在しているのだ。

 実際、名門ハーバード大学で国際研究を統括するマーク・エリオット副学長は「中国などの排除が続くと米国の大学は強さを維持できず、米国産業界の競争力は低下し、痛手を被るだろう」(日本経済新聞20年9月20日)と危機感をあらわにしている。

 このように複雑に利害がからみあっている米中が、自滅行為ともいうべき「対立」に本気で踏み切るわけがない、という結論になるのは、経営者として市場動向や経営環境を冷静に分析して、合理的な判断を下してきた柳井氏からすれば当然だ。

 しかし、実は現実を見ると、国家間の対立や紛争というのは「合理性のかけらもない考え方」によって引き起こされることの方が多い。経済的結びつきが強いので「対立するのはやめよう」となるのではなく、経済的結びつきが強いせいで「こうなったら徹底的に対立するしかない」という最悪のシナリオに突き進むのだ。

 その発火点は米中の場合、「半導体」だ。