その問いかけの奥底にあるのは、部下をほめると「気が緩んでしまうようだ」「調子にのってしまい、その後注意散漫になる」「ミスが生じやすくなる」という経験知の蓄積なのです。

 このような半信半疑のままで、でも世間一般では「良い」と言われているからほめる、やらないといけないのだろうという程度でほめても、十分な効果を期待することはできません。

JR西日本で行われたリーダーシップの研究

武器としての組織心理学Photo:Adobe Stock

 私たちのプロジェクトチームでは、過去に「部下に対するポジティブ・フィードバックが機能しないとき」という論文を発表しました。

 この問いは、2005年4月25日、西日本旅客鉄道(以下、JR西日本)の福知山線で発生した列車脱線事故がきっかけでした。

 乗客と運転士を合わせて107名が死亡、562名が負傷したこの列車事故を契機に、JR西日本は安全研究所を設立(2006年)しました。これは、ヒューマンファクター(人間の行動特性)研究の一環として立ち上がったプロジェクトでした。

 事故原因は多岐にわたりましたが、その中でも特にマスコミが大きく取り上げるようになったのは、「日勤教育」と名づけられた上司─部下の教育体制でした。

 日勤教育とは、インシデント(鉄道運転事故が発生するおそれがあると認められる事象)を発生させた運転士に対する再教育の俗称で、上司の裁量による懲罰的性質の強い教育が行われていたのではないかと指摘されたのです。

 JR西日本の場合、これ以降、事故を引き起こす可能性が「教育のあり方」や「リーダーによる対応」にあるとするならば、組織風土を変革しようと取り組みを開始しました。「叱る文化」から「ほめる文化」への変革です。

 実は、この組織変革を開始する前に、「ほめることは、リーダーにとって良い対応であるか」を検証する実験が行われました。