受賞作が発表されるたび話題にのぼる「芥川賞」。でも、読んだことのない人もたくさんいるでしょう。ここに、第1回から第166回まで歴代の芥川賞受賞全作品を読み尽くし『タイム・スリップ芥川賞』という本を書いた菊池良という人がいます。この本は、読んだことのない人にも「芥川賞のあたらしい楽しみ方」を提案する本です。その魅力を、本人が語ります。(構成:編集部/今野良介)
「博士」と「少年」ふたりのキャラクターが芥川賞を旅する本
芥川賞の受賞作品を、あなたはいくつ読んだことがあるでしょうか。
『タイム・スリップ芥川賞』は、戦後から現代にかけての主要な芥川賞の受賞者を取り上げながら、芥川賞の歴史を俯瞰する本です。
芥川賞は1935年に開始された日本最長の文学賞です。その100年近くの長い歴史を、時間をこえて一気に追体験できるのが『タイム・スリップ芥川賞』です。
この本には、博士と少年というふたりのキャラクターが出てきます。博士はマッド・サイエンティストで、怪しい発明品をいくつも作っていますが、文学が大好きで芥川賞の受賞作はすべて読んでいます。少年はまだ文学についてなにも知らず、国語の教科書に出てくる作家名ぐらいしか知りません。
ある日、タイム・マシンをつくった博士が、少年を呼び出します。そして、少年といっしょに時間旅行しながら芥川賞の歴史を「体験」していきます。
本書は博士と少年の対話篇になっています。対話篇とは人物のせりふを中心に進んでいく物語のこと。ふたりのやりとりを読むうちに、芥川賞の世界に入っていくことができます。芥川賞の受賞作を読んだことないひとにもわかるように、読みやすさを重視して構成しました。
本書の構成は、以下のとおりです。
第一章では石原慎太郎を取り上げ、「もはや戦後ではない」と経済白書に書かれた時代に文学でなにが起こったのかを取り上げます。
第二章は大江健三郎。のちのノーベル賞作家と戦後社会について書かれています。
第三章は中上健次。日本近代文学の完成と昭和の終焉を取り上げます。
第四章は村上龍。日本の近代化の終わりと社会経済について。
第五章は池田満寿夫と赤瀬川原平。高度経済成長を経た日本と、ポップカルチャーの氾濫について書かれています。
第六章は平野啓一郎、金原ひとみ、綿矢りさ。情報化社会とIT革命を経たあとに出てきた作家たちを取り上げます。
第七章では、一転して戦前の菊池寛の時代に飛び、芥川賞がいかに創設されたかに迫ります。
第八章は又吉直樹。およそ100年の文学の蓄積を経て登場した作家を取り上げます。
ざっと10年ごとに作品を取り上げ、博士と少年が戦後から現代までを駆け抜けます。
なぜそんな本を書いたか
わたしは2019年5月に『芥川賞ぜんぶ読む』(宝島社)という本を出版しました。この本では1935年~2018年までの受賞作品をすべて解説しています。
わたしは、この本を書き始めた時点で、芥川賞の受賞作品を数えるほどしか読んでいませんでした。「そういう本があったら面白いはずだ」という見切り発車で受賞作品を一気に読み、本を書き上げました。これはとてもハードな経験で、わたしは途中からめまいが止まらなくなり、めまいを止める薬を飲みながら芥川賞の受賞作を読んでいました。
受賞作品を一気に読むことでわたしは、個別の作品の物語とは別に、その背後に「芥川賞」という大きな流れがあるように思えました。まるでひとつの大河ドラマを見終わったような気持ちになったのです。各々の受賞作品にその当時の社会が反映されていることはもちろん、文学者たちが相互に刺激しあって、群像劇のように時代が進んでいくからです。
そして、わたしが芥川賞の受賞作をすべて読んで覚えた感動を、どうにか多くのひとに伝えたいと思いました。それも、一冊も受賞作を読んだことがないひとにも伝えたい。
それが『タイム・スリップ芥川賞』を執筆した理由です。
100年の文芸をささえてきたひとたち
この本の冒頭には「文芸に関わったすべてのひとに捧げる」という献辞があります。おおげさだと思われるかもしれませんけれども、わたしの素直なきもちです。
芥川賞の受賞作をすべて読んだとき、このいとなみをささえているたくさんのひとがいることにも感動しました。本を書く作者はもちろん、それをアシストする編集者、文章をチェックする校閲、売り込む営業、本のデザインをつくるひとたち、本を印刷するひとたち、書店まで運ぶ流通、本を売る書店、それを買う読者。書ききれないほどのひとがこの文化をささえています。しかもそれは一過性ではなく、芥川賞ならば1935年からずっとつづいているのです。
だからこそ、文芸に関わったすべてのひとに感謝を捧げたいと思いました。これから『タイム・スリップ芥川賞』を手にとってくれるあなたにもです。