相手を圧倒的に動揺させた反撃作戦

言い返す資格はないとか怒っても仕方ないとか理屈では納得していても、この胸のもやもやは収まらない。なんとかして反撃してやりたい。

という、どす黒い醜い感情がどうしても消えなかったので、やっぱり言ってやることにした。

エスカレーターが次の階につくかつかないかのところ(私が通っていた学部は14階建ての建物に入っており、目的の教室に辿り着くまでにエスカレーターに何回も乗らなければならなかった)、まだ私越しにわざとらしく大声で楽しそうに話している。あきらかに私を馬鹿にしているであろうことが会話からわかる。

そこで、私は攻撃をしかけた。

「あっ……やだ、私ぼうっとしてて、二人の間に立っちゃって。お友達って気が付かなくて……本当にごめんなさい、お話の途中だったんですよね?」

いつもよりも2オクターブくらい高い声、仕草は思いっきり女の子らしく、顔のすぐそばで手をふり、出来る限り申し訳なさそうな顔を作ってうしろを振り向き、話しかけた。相手が日本語わかるかどうかなんて知ったこっちゃない。こっちは「英語がわからない」という設定なんだから、それにのっかってやろうじゃないか。そのかわり、めちゃくちゃ感じよく、「人のよさそうな可憐な女の子」という演技をして相手に大声で話しかけた。

すると相手、まさか私に話しかけられるとは思わなかったようで、流暢な日本語で
「い、いや……。全然、ぜぜぜんぜんぜんぜんぜんぜんだいじょうぶです。す、すいません」とどもりながらもなぜか謝ってきた。本当に予想外の反応だったのだろう。

その後エレベーターが次の階に着くと、彼らは、私を少しちらりと見ながらそそくさと、今度はなんと、英語でも日本語でもなく彼らの母国語で話していった。ここまでくると普通にトリリンガルすげー! って感心しちゃったよ。さすがにもう私には何を言っているのかちんぷんかんぷんだったが、とりあえず「きこえてましたよ」とほがらかにサインを出すことはできたし、馬鹿にしていた女のめちゃくちゃ感じのいい反応に彼らも動揺していたみたいなので、結構すっきりした。

しかし今度は母国語で話すとは、どれだけ日本人に聞かれたくなかったのだろうか。そんなに私の目の前で悪口を言いたかったのだろうか。というか、それならはじめから英語じゃなくて母国語で話していればよかったのに。逆に私はききたい。三ヵ国語もぺらぺら話せるのに彼らは何をしに留学にきているのかと。わざわざ本人の目の前で馬鹿にしたいほどの国に、何のために留学しにきているんですかと。それとも無理やり日本に来させられたのが嫌で嫌で仕方ないんだろうか。だから腹いせに私をいじってきたんだろうか。せっかくのトリリンガルも悪口言うために使ってたら台無しだよ。

でも案外こういうことって気が付かないうちにやってしまうものなのかもしれない。「どうせわかんないだろう」という優越感と、本人がいる目の前で悪いことをできている背徳感でぞくぞくしてしまうような。本人に聞こえるようにチラチラ見ながら悪口言うとか、バレるかバレないかのギリギリのラインを攻めたくなる心理って、やっぱりあるのかもしれないね。でもやっぱり、そんな風に人を馬鹿にするのはみっともないし、言いたいことがあるならせめて正々堂々と言う方が気持ちいいよなあ。私も気をつけないと。

まあそれはさておき、嫌なことをされても同じように反撃するのもちょっと大人気ないなあ、と思うときは「めちゃくちゃ感じよくする作戦」は結構有効である。悪口を言われようと、馬鹿にされようと、変ないじられ方をされようと、ニコニコ。怖いくらいに感じよくする。自分は女優だと思い込む。腹が立って仕方なくても、とりあえず表面上だけでも、無理やりにでもニコニコしておく。相手に優しい言葉をかける。形からでもそうふるまっておけば、だんだん本当に相手を愛おしく思えるようになるかもしれない。

こんなことで優越感に浸っちゃって、かわいいなあもう、こいつぅ! と本気で思えるようになって、しかも相手が「なんだこの女、不気味! 」と思ってもう何もする気がおきないくらいに感じよくできれば、もはや勝利は我の手にあり。いや、別に勝負じゃないんだけどね。自分自身に勝つってことで。

外国人留学生に、目の前で英語で悪口を言われたので反撃した話川代紗生(かわしろ・さき)
1992年、東京都生まれ。早稲田大学国際教養学部卒。
2014年からWEB天狼院書店で書き始めたブログ「川代ノート」が人気を得る。
「福岡天狼院」店長時代にレシピを考案したカフェメニュー「元彼が好きだったバターチキンカレー」がヒットし、天狼院書店の看板メニューに。
メニュー告知用に書いた記事がバズを起こし、2021年2月、テレビ朝日系『激レアさんを連れてきた。』に取り上げられた。
現在はフリーランスライターとしても活動中。
私の居場所が見つからない。』(ダイヤモンド社)がデビュー作。