失敗を恐れずに一球入魂でバットを振ればいい。常々「できないことは要求しない」と言っている。当たり前のことを当たり前にやれと。しかしそれが逆に「当たり前のことをこなさなければ」という腰の引けたメンタルにつながってしまうのかもしれない――そうとも思うのである。

 そんな気持ちを振り切って打席に立ち、何が何でも食らいついてほしい。走者がいれば、悪くとも進塁させる意識。バッターの意識は練習で変わる。2020年よりコーチを務める「赤鬼・青鬼」こと齋藤慎太郎と鈴木浩文が「甘えるんじゃない!」と厳しく指導をしている。なんとか秋季に間に合えばとの思いが小宮山にはあった。

 緊張感が足りない場面も目立った。ヒットを打ち、全力疾走が当たり前の場面でも流してしまう。1点を争う大切な場面での送りバント失敗。これは仕方ない。しかしその4年生打者が、うっすらと笑っていることが小宮山には信じられない。打者の胸の内には悔しさがあふれているはずだが、照れ笑いは「正しい早稲田の姿」ではない。試合前の練習の態度にも緩みが感じられた。リラックスすることとふざけることを履き違えているようにも映った。

 コロナ禍という状況だからこそ、特に4年生の真価が問われる。

「春に勝てなかったのは、4年生の体たらくが原因だ」

 小宮山は言葉に力を込めた。

「覚悟を決めろ。春と同じ気持ちで秋に臨んでも、勝てるわけないぞ」

 その説教の前段階として、春季リーグ戦後に小宮山の談話がスポーツ紙に載った。

「目の色を変えて練習するよう、鬼になる」

 すると、すぐに16代監督の野村徹から電話がかかってきた。

「監督が前面に出過ぎないよう。学生の自主の機会を奪うようなことを言うな」

 小宮山の人となりを知る野村ならではの鞭撻である。

 それを受け、小宮山は再度4年生幹部と膝を突き合わせた。野村の言葉をそのまま話したのだ。4年生たちはすぐにミーティングを開き、こう決意したという。

「チームのために、4年生がなんとかしよう」

 秋季リーグ戦まで間がないタイミングで、いい話し合いを持てた。機を逃さずに連絡してくれた野村には、感謝の気持ちしかないと思うのだった。

秋季リーグ開幕直前、
小宮山監督が突如ブチ切れ

 秋季も新型コロナ対応のスケジュールが組まれた。対戦2試合、10試合でのポイント制で順位を決める。延長戦には入らない。だが、何といっても、春季終了から秋季開幕まで1カ月しかないことが変則なのである。それでも小宮山は手応えを感じていた。投手陣に計算が立つ。エース早川、調子を取り戻した徳山、西垣ら充実の陣容で2試合を取りに行ける。

 8月28日の中央学院大とのオープン戦を終え、翌日はオフ。大事な休養日だ。

 オフ明けの東伏見・安部球場に「カミナリ」が落ちた。

 小宮山が発した怒号に、全部員が背筋を伸ばして震え上がった。

「ここ数年で、あんなに声を荒らげたことはない」

 前に出過ぎるな、という野村からの助言も頭にあったものの、なりふりかまってはいられなかった。堪忍袋の緒が切れたのである。

(敬称略)

小宮山悟(こみやま・さとる)
1965年千葉県生まれ。早大4年時には79代主将。90年ドラフト1位でロッテ入団。横浜を経て02年にはニューヨーク・メッツでプレーし、千葉ロッテに復帰して09年引退。野球評論家として活躍する一方で12年より3年間、早大特別コーチを務める。2019年、早大第20代監督就任。