「住友ファーマ」に4月から社名変更の大日本住友製薬、隠された狙いとは?Photo:Diamond

 旧大日本製薬と旧住友製薬の合併で2005年10月に誕生した大日本住友製薬。周知のとおり、来る4月1日を期して「住友ファーマ」に生まれ変わる。ちょうど125年前の1897年に大阪製薬として誕生し、マルピーの通称で知られた道修町の名門の名は、生き残りを賭けたはずの再編劇から16年半で消滅する。

「OBを含む一部には抵抗の声もあった」。業界筋のひとりは明かすが、住友サイドに軽く一蹴されたらしい。何しろ、合併を大日本側でリードした宮武健次郎元社長が08年に退いて以降、社長ポストは親会社である住友化学出身者が独占し、当初は両社から5人ずつの構成であった取締役も、大日本出身者は短期間で排除された。足元では同社出身の取締役はゼロ。たとえ抗議しても、黙殺されておしまいとなる。

「合併後、売上高は倍になり、海外売上高比率も高まった。合併当時とは会社の中味も相当変わってきた。次のステージとして頑張るために、少しブランドを変える」。大日本住友の野村博社長は、社名変更の理由について、こう胸を張った。とはいえ、昨年10月に、28年ぶりに東京本社を中央区新川から同日本橋の高層ビルへと移転した住化を慕うかのように、住友ファーマも同一ビル内に近々引っ越しをするわけだから、大日本の関係者からすれば無慈悲と感じるか、挑発と映るか。

 いずれにせよ社名変更は、業界内では「既定路線」と受け止められている住化による、住友ファーマの完全子会社に向けたステップであることは間違いない。一足先に三菱ケミカルホールディングスの完全子会社化となり、上場も廃止となった田辺三菱製薬と似た道を辿ることだろう。野村社長の強気の発言とは裏腹に、住化のより厚い「庇護」を受けること以外に、激動の製薬業界を生き延びる選択肢は残されていないからだ。