「世界の見方が変わるレンズ」になる本を作りたい

あらゆる境界を越えていく!早川書房編集者・一ノ瀬翔太が実践するSF思考スノウ・クラッシュ〔新版〕早川書房
ニール・スティーヴンスン(著)
日暮 雅通(翻訳)

藤本 編集者としての本作りでも「視点」の提供という意識が強いのでしょうか。

一ノ瀬 そうですね。「世界の見方が変わるレンズ」になる本を作りたいと思っています。生きているとつらいこともあるし、しんどいときほど視野が狭くなりやすい。そんな人に「これを掛ければ、日常が違って見えますよ〜」と、新しいレンズを差し出せば、固定観念を崩せるし、うまくいけば問題そのものが解決してしまう。自分の編集した本がそんなきっかけになればうれしいですね。

 というか、私自身が何でもかんでも編集中の本のレンズで現実を見ちゃうんですよ。『SFプロトタイピング』を編集しているときは、何を見ても「SFプロトタイピングだ!」と思っていましたし。こういう「言葉の力」を広げるのが自分の仕事なのかもしれません。

藤本 「答え」ではなく「問い」を投げ掛ける感じでしょうか。

一ノ瀬 問う力が強いのはやはりフィクションですね。SFには「メタバースに投資しろ」みたいな手っ取り早い答えは書いてない。その代わり、「新しい技術で社会がどう変わるか?」という長期的な問いがあります。ラリー・ペイジやピーター・ティールも、そういう大きな問いを『スノウ・クラッシュ』をはじめとするSFから受け取ったからこそ、ビジネスであれだけ大きなことができたんじゃないでしょうか。

 そこまでいかなくても、普通のビジネスパーソンが会議で自然にSFの話を出すぐらいになれば、もしかすると仕事で感じるしんどさが減ったりするんじゃないかと思いますね。

あらゆる境界を越えていく!早川書房編集者・一ノ瀬翔太が実践するSF思考Photo by ASAMI MAKURA

藤本 自分の未来を自分で決めている、という感覚が持てればウェルビーイングが向上するんですよね。そのためにも、未来に対するオーナーシップを持とうとすることが大事です。私は、SF思考はそのためのものだと思っています。

一ノ瀬 あー、いいですね。「未来に対するオーナーシップ」。確かにSF思考って、自分の未来を自分でつくることですね。

藤本 自分起点のエコシステムを構築しよう、と言ってもいいかもしれません。仕事も、趣味も、生活も、あらゆるものを自分の興味や関心を起点にして緩くつなげていく。

一ノ瀬 現実には、自分起点ではない、特定の領域のエコシステムに組み込まれちゃってることが多いのかもしれません。人文かいわいのエコシステム、ビジネスかいわいのエコシステム、SFのエコシステム……。インターネット空間でも、うっかりしてるとフィルターバブルやエコーチェンバーにすぐ取り込まれてしまう。やはり自分としては、あらゆる領域を混ぜっ返すような本を世に出し続けたい。境界をどんどん壊して、新たにつなぎ直していきたいと思います。