現実を鮮やかに相対化するSFの力
藤本 これまで読んできたSFで影響を受けた作品は?
一ノ瀬 実はSFを読み始めたのは割と最近なんですが、最初に強烈なインパクトを受けたのが、芥川賞作家・上田岳弘さんのデビュー作「太陽」(『太陽・惑星』所収)です。
純文学カテゴリーの作品ですが、中身は完全にSFです。作中の未来では、人類が「第二形態」と呼ばれる段階に突入して、容姿も知能も自由に設定できるようになっている。そして、太陽の核融合パワーで金を生成する「大錬金」というプロジェクトを進める……。時空を自在に行き来する語りも面白いし、最後に明らかになるSF的な仕掛けにも驚きます。発想の飛ばし方、という意味でかなり影響を受けました。これを大学生のときに読んで、その後、上田さんの影響でカート・ヴォネガットやミシェル・ウエルベックを読むようになりました。
藤本 未来を的確に予見している、と思った作品はありますか。
一ノ瀬 ヴォネガットが1952年に書いたデビュー長編SF『プレイヤー・ピアノ』でしょうか。舞台は近未来の米国で、人間が知能によって階級化されています。重要な仕事を担う少数のエリート以外は、機械に仕事を奪われて虚無的に生きている。まさに今の格差社会の予見ですよね。
昨年『実力も運のうち 能力主義は正義か?』(マイケル・サンデル 著)という本を編集したのですが、ここで扱っている能力主義や格差の問題が、70年前のフィクションで的確に表現されている。ヴォネガットは「炭鉱のカナリア理論」でも知られていますが、彼自身が炭鉱のカナリアとして社会の警報装置になっていたのだな、と。
藤本 そうしたフィクションとノンフィクションのつながりは興味深いですね。
一ノ瀬 「今ここ」じゃない現実に気付けるという意味では、どちらも同じなんですよね。SFに目覚める前はポピュラーサイエンスばかり読んでいましたが、読み始めたきっかけが、失恋なんですよ(笑)。ちょうど大学受験に重なって「自分はどこを目指してるんだろう」とモヤモヤしていたんですが、宇宙には銀河が何兆個あって……みたいな本を読んでると、そういうのどうでもよくなるじゃないですか。
藤本 なるほど。今でもつらいときに宇宙論の本とか読んだりするんですか。
一ノ瀬 ああ……読みますね(笑)。そもそも「読書を仕事に生かそう!」とか全然思っていないんですが、結果的に役に立ってると思うのは、知識レベルの有用性ではなく、「視点」です。視点を切り替えるだけで解決する問題って多いですから。