フィクションとノンフィクションの境界を溶かす
藤本 一ノ瀬さん自身は『スノウ・クラッシュ』をどう読みましたか。
一ノ瀬 メタバースの描写もすごいんですが、個人的には「言語SF」としての側面に引かれました。言語や人間の意識に情報技術をつなげると何が起きるか――。これって、私が好んで編集するノンフィクションのテーマに近いんです。
『スノウ・クラッシュ』の直後に、『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』(ガイ・ドイッチャー 著)という本を出したのですが、これがまさに言語が人間の認知に与える影響を論じた本で、狙ったわけじゃないのにすごいシンクロしてるなあと思います。
藤本 一ノ瀬さんはこれまで「SFのハヤカワ」で一貫してノンフィクションを編集していますよね。これからは、今回の『スノウ・クラッシュ』のようなフィクションを意識的に組み合わせて出版していくと面白いんじゃないですか。「ビジネスとSF」をつなぐ回路になるかもしれません。
一ノ瀬 そのあたりは社内でもよく議論しています。SFとビジネスが直接つながったかというと、まだまだこれからだと思いますが、ノンフィクションとSFとのつながりは少し見えてきました。昨年出版した『異常論文』(樋口恭介 編)や『闇の自己啓発』(江永泉、木澤佐登志、ひでシス、役所暁 著)がその一例です。私が担当した『闇の自己啓発』でいうと、ノンフィクションの中でも人文書読者とビジネス書読者の両方に広がった感触がありますね。
これって、考えてみればSF思考なんですよね。『SF思考』に、発想を飛ばすための最初のステップとして「ちょっとおかしな『未来の言葉』をつくる」という方法が紹介されていましたが、『闇の自己啓発』はまさにそれです。「闇の」という人文要素に「自己啓発」というビジネスワードがくっつくことで新たな概念が立ち上がっています。おかげで、内容はすごいアンダーグラウンドなんですが、ビジネス書として蔦屋書店さんなどで週間ベストセラー1位になったりしました。
藤本 おお、確かにSF思考! 読者にそれと気付かせず越境させているのですね。
一ノ瀬 私自身はもともとそこに境界を感じていないので、もっと混ぜていきたいと思っています。自分が本を読むのは、常識を崩されるというか、世界の見方が反転するような感覚を得ることが目的なので、それがSFでも思想書でもビジネス書でも関係ないんです。個人的にはフィクションもノンフィクションも、かなり近いモチベーションで読んでいます。