「起業したい」「新規事業を立ち上げたい」「画期的な新商品を出したい」……。そう考えている人は明らかに増えている。エリートを育てる大学の最高峰であるハーバード・ビジネス・スクールも、その傾向は顕著なようだ。同スクールで長年起業に関連する科目を多数担当してきたトム・アイゼンマン教授が1300社におよぶスタートアップの行方を見守った経験からの洞察を集めた『起業の失敗大全 スタートアップの成否を決める6つのパターン』(ダイヤモンド社)の邦訳がついに刊行された。起業は、失敗を恐れていては一歩も進むことはできないが、失敗のほとんどを占める要因を知らずして成功は難しいかもしれない。同書から、要点を紹介していく。(訳:グロービス)
「期待を裏切る結果」では、答えとして広すぎます
ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)では、過去30年間にわたり、「アントレプレナーシップ(起業家たること、起業家精神)」を「リソースがないなかで新しい機会を追求すること」と定義してきました。
起業家は、何か新しいものを創造し、提供しなければなりません。それは、顧客の問題に対するソリューションであり、既存の選択肢よりも優れていたり、コストが低かったりするものです。それが機会です。しかし、起業家はその機会を追求するために必要な人材や設備、資金などのリソースを最初から持っているわけではありません。
起業家は、必要なリソースがすべてそろっていない状態で新しい機会を追求するため、必然的にリスクに直面します。起業家のリスクには、次の4種類があります。
需要リスク:需要リスクとは、想定したソリューションを採用してくれる、見込み顧客の意欲のことです。
技術的リスク:技術的リスクとは、ソリューションを実現するために必要なエンジニアリングや、科学的ブレークスルーの複雑さを意味します。
実行リスク:実行リスクとは、ベンチャー企業の計画を実行してくれる従業員やパートナーを集め、管理できるかどうかです。
財務リスク:財務リスクは、外部資本が必要な場合に関係してきます。リーズナブルな条件で資金を得られるでしょうか?
標準的な失敗の定義、つまり「期待を裏切る結果」は、スタートアップの失敗を考えるには広すぎます。では、どのような結果が、この場合適切なのでしょうか? そして、誰の期待に沿うべきなのでしょうか?
本書で紹介している失敗したスタートアップは、いずれも頭脳明晰で献身的な起業家によって構想されたものであり、少なくとも当初は、将来性のあるベンチャーばかりでした。たしかに、すべての起業家がミスを犯しましたが、それは彼らが無能だったということではありません。むしろ、不確実性やリソースの制約があるからこそ、ほとんどの起業家がミスを犯すのです。
大きなミスを避けても、失敗することはあります。賢明な賭けであっても報われなかったケースで、もっともらしい仮定に基づいて緻密に検証したものの、最終的に真実ではないことが判明したケースや、予測できない不運に見舞われて脱線したケースなどです。そこで疑問が生じます。ベンチャーが失敗するときは、いつも誰かに責任があるのでしょうか?
「起業の失敗」の定義とは?
企業が活動を停止した場合、それは必ず失敗とみなされるのでしょうか。
活動停止は失敗を意味することが多いのですが、必ずしもそうとは限りません。例えば、期間が有限のプロジェクトなどです。200年前、捕鯨事業を行うエージェントは、船長、乗組員、船主、出資者で、1回の捕鯨で得られた利益を分配していました。現在も映画製作では、監督、キャスト、スタッフを集め、映画を撮影・編集し、上映し、ヒットを期待してチームは解散します。
さらに、スタートアップ企業の中には、操業を停止することなくメルトダウンしてしまうものもあります。そうしたスタートアップの多くは「ゾンビ」となり、事業を継続するのに必要な分の現金は生み出しますが、初期の投資家に利益をもたらすには至りません。
以下の洞察は、私が本書で用いる、起業家の失敗の定義の中心となるものです。ベンチャーの失敗とは、初期の投資家が投資した金額以上の資金を回収できなかった場合、あるいは今後も回収できない場合を指します。
なぜ初期の投資家なのでしょうか? それは、スタートアップの業績が悪化した場合、後から投資した人はその資金を取り戻すことができても、初期の投資家は通常、投資した金額のすべてを受け取るわけではないからです。VCの仕組みに少しだけ触れましょう。VC資金を調達するスタートアップは、通常、シリーズA、シリーズBなどと名付けられた優先株式を順次発行します。スタートアップの各ラウンドの株式には、一般的に「残余財産優先分配権」が付与されており、事業売却や株式公開(IPO)などのエグジット(スタートアップにとっての「出口」の意味)の際には、前のラウンドの株主がキャッシュを受け取る前に、後のラウンドの株主が投資額全額を取り戻せることが保証されています。
そのため、シリーズAの株式を保有する投資家は、「優先権」の最下層に位置することが多いのです。つまり、エグジットの際に実現したリターンの総額が、企業が調達した資本の総額を下回った場合、シリーズAの投資家は資金のすべてを取り戻せないのです。エグジットが決まっていない場合には、株式を売却できた場合の価値の合計が投資総額を下回るかどうかを、試算してみるとよいでしょう。
外部の投資家から資金を調達しないタイプのベンチャー企業は、どう考えればよいでしょうか。起業家の投資額は、1)「スウェットエクイティ」と呼ばれる、「自分への支払額と、他の場所で働いていれば得られたであろう収入との差額」、そして、2)個人的に拠出した資本金の合計に相当します。
もし、この投資額が、配当や売却益などの形で起業家が取り戻せると期待できる現金の額を上回るなら、そのベンチャーは失敗したといえます。
つまり、スタートアップが失敗したと考えられるのは、以下の場合です。
●スタートアップが事業売却やIPOによってエグジットした場合、エグジットによって得られた収益の総額が、投資家が出した資金の総額を下回った場合。
●スタートアップ企業がまだ操業しており、初期投資家が株式を売却すると損失が発生する場合。
●スタートアップが外部資金に頼らないケースでは、起業家が、自分が出した資本金とスウェットエクイティの合計額以上の現金を得られない場合。