環境問題、社会的な分断といった難問だらけで正解を見つけるのが難しい時代。「知識詰め込み型の教育の限界。これからの子どもたちにはもっと人間らしい教育を……」。そう感じる人は多いだろう。2人の世界的権威であるダニエル・ゴールマン(『EQ こころの知能指数』)、ピーター・センゲ(『学習する組織』)もそう考えて、長年教育分野に貢献することに情熱を注いできた。その2人による共著『21世紀の教育 子どもの社会的能力とEQを伸ばす3つの焦点』(ダイヤモンド社)の内容から、新時代の世界標準の教育のイメージをお伝えする。今回はダニエル・ゴールマンが、いまだから伝えたい、忘れたくないことを語る。(監訳:井上英之)

天空航法のイメージPhoto: Adobe Stock

人類は「人新世ジレンマ」を克服できるか

 私たちが直面しているシステムの問題で、おそらく最大のものは「人新世ジレンマ」だろう。地質学者たちでは現代を「人新世時代」と呼んでいる。歴史上初めて、種の一つにすぎない人間の活動が、いまや全地球システムを動かす機能の重要な一部になったことをふまえた名称だ。最も重要なのは、地球の生命維持システムが人間活動の意図せぬ副次的影響によって、少しずつ悪化していることだ。この人間由来の地球環境の悪化は産業革命に始まり、過去50年で大幅に加速した。

ダニエル・ゴールマンダニエル・ゴールマン(Daniel Goleman)
作家、心理学者、ジャーナリスト。
ハーバード大学大学院で心理学の博士号を取得。ハーバード大学で教鞭をとったのち、「サイコロジー・トゥデー」誌のシニア・エディターを9年間務める。1984年からは「ニューヨーク・タイムズ」紙に主に行動心理学について寄稿。1995年に発表した『Emotional Intelligence(邦題:EQ こころの知能指数)』は全世界500万部(日本でも80万部)を超える大ベストセラーを記録した。CASEL共同創設者。

 このジレンマを脳科学の観点から記述すれば、次のようになる。

 人間の脳は、人新世時代の現実ではなく、もっと古い地質年代の環境でのサバイバルに対応する形でデザインされている。脳の警告システムは、差し迫った脅威を知覚したときにだけ私たちを喚起するが、現代の地球システムの変化は、人間の知覚システムにとってはマクロすぎるか、ミクロすぎる。

 そのため人間の脳は、肥大化した人間活動の負の影響をただちに感知することができない。建設、エネルギー、交通、住宅、産業、商業のシステムが、地球の生命維持システムをいかに傷つけているかが見えていないため、それを無視したり、そんなことは起きていないということにしやすくなっている。

 この状況を一定以上理解した教育が現れていくのを私は見てみたい。子どもたちが、いまの世代の大人たちより優れた意思決定ができる人に育っていくのだ。今日、私たちは向き合わなくてはならない選択をずいぶん無視している。なぜなら私たちの意思決定は、私たち自身がつくり、私たちの毎日を動かしているシステムによって方向づけられているからだ。より良い意思決定をするには、まずこのシステムを見つめ、理解することから始めなくてはならない。

子どもたちに引き継ぐべき永遠のスキル

 マウ・ピアイルックは、1930年代に南太平洋の小さな島で生まれた、最後の「天測航法師」だった。父親をはじめ、天測航法の多くの達人から、いっさいの人工的な機器を使わず、アウトリガーカヌー〔舷外浮材つきのカヌー〕を操縦する方法を学んだ。

 風、雲、海藻、魚、においといった自然の道標だけを頼りに、たとえばタヒチからハワイまで航海した。感じたものすべてから手がかりを得て、それをほかのシグナルと結び付けて、自分がどこに向かっているかを知ることができた。

 亡くなる数年前、ピアイルックは自分の知識を、南太平洋の文化復興に参加していたポリネシアの若者たちのグループに引き継ぐことができた。後進を育成せずに死んでいたら、彼の特別なスキルセットは地球上から消えていただろう。いま、それは生き残っている。

 私たちも子どもたちに対して、ピアイルックと似た状況に置かれているのではないだろうか。自分を理解し、自分に上手に向きあい、他者に注意を向け、その人たちとよく協働し、私たちがその一部であるより大きなシステムを理解するといった、人間が持っている基本的なスキルを、子どもたちに引き継がなくてはならない。

 高度なテクノロジーはこうしたスキルをそのまま補完してくれるわけではないが、もし私たちが賢く使うことができれば、新たなあり方で増補してくれるかもしれない。

 子どもたちには、より深くシステムを理解し、地に足を着け、気持ちをここに置いた気づきで他者を思いやれる力を身につけてほしい。それができれば、今日の子どもたちはより良い意思決定―自分にとっても、他者にとっても、そして地球にとっても―を行う能力を身につけて、これからの人生を歩むことができるだろう。