「資本コスト」「コーポレートガバナンス改革」「ROIC」といった言葉を新聞で見ない日は少ない。伊藤レポートやコーポレートガバナンス・コード発表以来、企業には「資本コスト」を強く意識した経営が求められている。では、具体的に何をすればいいのか。どの経営指標を採用し、どのように設定のロジックを公表すれば、株主や従業員が納得してくれるのだろうか?
そこで役立つのが『企業価値向上のための経営指標大全』だ。「ニトリ驚異の『ROA15%』の源泉は『仕入原価』にあり」「M&Aを繰り返すリクルートがEBITDAを採用すると都合がいいのはなぜか?」といった生きたケーススタディを用いながら、無数の経営指標の根幹をなす主要指標10を網羅的に解説している。すでに役員向け研修教材として続々採用が決まっている。
そんな『経営指標大全』から、その一部を特別に公開する。
なぜ川崎重工業のROIC経営は頓挫したのか
重工業業界は比較的以前からROICを経営指標として導入してきた業界の1つであり、川崎重工業(以下、川重)もそのうちの1社で、「Kawasaki-ROIC経営」というネーミングの下、ROICによる事業管理を標榜してきた。
2014年の同社の資料「企業価値の向上にむけて ~Kawasaki-ROIC経営~」の中でも、加重平均資本コストをベースにハードルレートを設定し、5年間のROICの傾向に基づき全BU(ビジネスユニット)をA~Eの5段階に区分、将来3~5年程度の時間軸でも、ROICの向上が困難なBUは、他事業への経営資源シフトなどによる事業規模の縮減、撤退も検討するとしていた(*1)。2016年に就任した新社長も「8%は社内の絶対的な法律だ」(*2)と、ROIC経営の不文律を強調した。
しかし複数事業で大型プロジェクト損失を計上し、他の要因とも合わせた収益性低下でROIC他大半の数値目標が未達に終わった2017年3月期~2019年3月期の中期経営計画「中計2016」を振り返り、川重は「事業の『選択と集中』基準が不明確で実行スピードが不足」(*3)と結論付けた。
新たな「中計2019」では、「通過点として2021年度ROIC10%以上、営業利益率6%以上を達成」(*3)と示してはいるが、「選択と集中」基準としてのROICの役割はトーンを下げた。
ROICを撤退基準の絶対的な法律と位置付けても、いざ達成できないときに本当に撤退できるのか、一時的な要因によってROICが未達の場合、それを一時的な要因であったとどう判断するのか。ROIC経営に対する川重の混乱は、ROICに基づく事業ポートフォリオ経営のかじ取りの難しさの一面を露呈している。