「資本コスト」「コーポレートガバナンス改革」「ROIC」といった言葉を新聞で見ない日は少ない。伊藤レポートやコーポレートガバナンス・コード発表以来、企業には「資本コスト」を強く意識した経営が求められている。では、具体的に何をすればいいのか。どの経営指標を採用し、どのように設定のロジックを公表すれば、株主や従業員が納得してくれるのだろうか?
そこで役立つのが『企業価値向上のための経営指標大全』だ。「ニトリ驚異の『ROA15%』の源泉は『仕入原価』にあり」「M&Aを繰り返すリクルートがEBITDAを採用すると都合がいいのはなぜか?」といった生きたケーススタディを用いながら、無数の経営指標の根幹をなす主要指標10を網羅的に解説している。すでに役員向け研修教材として続々採用が決まっている。
そんな『経営指標大全』から、その一部を特別に公開する。

日本企業だけがROEにこだわっているように「見える」理由Photo: Adobe Stock

ROEは投資家にとっての最重要指標

 かつてバークシャー・ハサウェイCEOのウォーレン・バフェットは、「日本についてどう思うか?」という質問に対して、以下のように答えている(*1)。

 日本企業のROEはとても低い。多くのビジネスが4、5、6%のROEにとどまっていて、投資家として利益を上げることは容易でない。(中略)日本では魅力的なビジネスはほとんど見出していない。いつかそうした文化も変わり、経営陣が株主にもっと敏感になって、リターンは高まるかもしれないが、今のところ多くのビジネスは低いROEにとどまっている。それは日本経済が急成長しているときもそうだった。突出した企業なしで、突出した市場を形成していたのだから驚くべきことだ。多くのビジネスを行うといった点では突出していたのだが、ROEに関しては突出していなかったということだ。そしてついにそれが現実のものとなった。だから、いまのところ日本では一切何も行っていない。

 今でこそ国を挙げてROE重視の経営が浸透しつつある日本企業に向かって、バフェットはこのような発言はしないだろう。しかし、ひと昔前、ROEの低い日本企業へは投資をしないと断言していたのだ。

 キャピタルゲインやインカムゲインを利益の柱とする投資家、世界でもっとも投資に成功したバフェットの言葉は、ROEこそが投資家がリターンを得るために最重要視する経営指標であるとする考察を強く後押しするものである。

 また、ソニーグループの平井一夫元社長(現同社シニアアドバイザー)は、『ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」』の中で、ROEを経営指標として掲げたことについて、以下のように振り返っている(*2)。

「ROEを目標に掲げるのは投資家への受けはいいかもしれないけど、それでイノベーションが生まれてくるのか」といった批判を受けることが多かった。だが、ROEは目標値ではあるがあくまで指標であり、吉田さん(筆者注:ソニーグループ現CEO)の言葉で言えば「規律を示す数値」なのだ。少なくとも規模を追い求めて達成できるという指標ではない。あくまで効率を示すものだ。そこをしっかりと組織に浸透させなければ再び売上高や販売台数のような目先の規模拡大を追うことになり、本末転倒になってしまう。

 規模を追わない規律を定めるための指標としてソニーが選択したROE重視の経営は、その後のソニー復活を成し遂げる拠り所としての役割を果たしたように響いてくる。