初の著書『伝わるチカラ』(ダイヤモンド社)を刊行した井上貴博TBSアナウンサー。報道番組『Nスタ』平日版の総合司会を務め、“TBSの夕方の顔”として活躍中だ。今年4月に自身初の冠ラジオ番組『井上貴博 土曜日の「あ」』が放送開始となるや、同月に第30回橋田賞を受賞するなど、快進撃を続けている。
一方、ダンスインストラクターから専業作家へと、30歳にして異色のキャリアチェンジをした作家の今村翔吾氏。近江の国・大津城を舞台に、石垣職人「穴太衆」と鉄砲職人「国友衆」の対決を描いた『塞王の楯』(集英社)で第166回直木賞を受賞した、当代きっての人気作家である。
今村氏が『Nスタ』にコメンテーターとして出演したことを機に親しくなったという2人は、同じ1984年生まれ。価値観を共有しつつ、切磋琢磨する間柄でもある。それぞれの第一線で活躍する2人の同級生対談を3回にわたってお届けする。
※本稿は『伝わるチカラ』(ダイヤモンド社)の刊行を記念しての特別対談です。
現代に通じるテーマを歴史小説に落とし込む
TBSアナウンサー
1984年東京生まれ。慶應義塾幼稚舎、慶應義塾高校を経て、慶應義塾大学経済学部に進学。2007年TBSテレビに入社。以来、情報・報道番組を中心に担当。2010年1月より『みのもんたの朝ズバッ!』でニュース・取材キャスターを務め、みのもんた不在時には総合司会を代行。2013年11月、『朝ズバッ!』リニューアルおよび、初代総合司会を務めたみのもんたが降板したことにともない、2代目総合司会に就任。2017年4月から、『Nスタ』平日版のメインキャスターを担当、2022年4月には第30回橋田賞受賞。同年同月から自身初の冠ラジオ番組『井上貴博 土曜日の「あ」』がスタート。同年5月、初の著書『伝わるチカラ』刊行。
井上貴博(以下、井上):今村さんは、連載を何本も抱えて、今年だけで10冊くらい新刊の刊行を予定している。たくさん仕事を抱えてアウトプットしまくってる中で、どうやって作家としてインプットしてるの? 仕事に追われてインプットがないと、書けなくなっちゃうんじゃないかと素人ながら思うんだけど。
今村翔吾(以下、今村):そういう質問を受けたとき、いつも「僕は天才やねん」って茶化しているんだけど、インプットという意味では、小学5年生からの蓄積がかなりある。読書量がハンパなかったから。ときどき作家同士が集まる対談の仕事があるけど、歴史小説の読書量では負けたことがない。自分が20歳くらいまでに出た歴史小説は、ほぼ読破しているから。
そこから10年かけて読んだ内容が自分の中で熟成していて、歴史小説の作法は体の中に入ってるから、あとは現代のテーマと組み合わせて表現するだけ。だから、仕事が忙しくてインプットがなくても、十分にストックがあるというわけ。
井上:基礎とか土台が違うということか。そのレベルまで行くと、普通の人が考える「インプット→アウトプット」というのとは感覚が違うのかもしれない。
今村:『塞王の楯』を書いたのも、2018年12月に起きた韓国海軍の駆逐艦による火器管制レーダー照射問題のニュースを見ていて、戦争の始まりは時代とともにころころ変わるのに、戦争の終わりに関しては昔も今も大差ないと思ったのがきっかけだった。歴史小説を舞台に戦争の終わり方を書けへんかな、と。
井上:日本の哨戒機に韓国海軍の駆逐艦がレーダー照射を行ったというレーダー照射問題が、どう歴史小説につながるの?
今村:ひと昔前って、銃弾を発砲して戦争開始やったわけじゃない? でも、あのときはレーダーを当てた時点で、銃口を当てたのと同じで、戦争開始とみなされるという話だった。
100年前の人は、レーダーというものを認識していないから、仮にレーダーを向けられても戦争開始にはならない。ということは、戦争の始まりというのは、時とともに人間の認識によって、ふらついてるというのが不思議やなという着眼点だった。
逆に、終わるということに関しては、2000年前の戦争の終わり方も、今の終わり方も、大差がないんよね。ほんまに殲滅するか、どこかで手打ちするかの2パターンしかない。
始まり方は、みんなの解釈とか文化とか時代によってころころ変わるのに、終わり方は基本的に変わらないというのを書こうと思ったわけ。だから『Nスタ』はネタの宝庫で、本当に参考にしてる。
作家
1984年京都府生まれ。2017年に『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』で作家デビュー。2018年に同作で第7回歴史時代作家クラブ賞・文庫書き下ろし新人賞を受賞。同年「竜神」で第10回角川春樹小説賞を受賞、第160回直木賞候補となる。2020年『八本目の槍』で第41回吉川英治文学新人賞を受賞。同年『じんかん』で第11回山田風太郎賞を受賞、第163回直木賞候補に。2021年、『羽州ぼろ鳶組』シリーズで第6回吉川英治文庫賞を受賞。同年『塞王の楯』(集英社)で第166回直木賞受賞。
直木賞作家がアナウンサーの著作を評すと?
井上:今村さんの脳内にある物語を書き続けたら、人生足りないでしょ?
今村:足りないね。1本書いてる間に3本ぐらい構想が浮かぶ。マジで終わらん。
井上さんっぽい主人公を書けって言われたら、戦国より幕末、その中で長州でも薩摩でも土佐でもなく、佐賀藩辺りにいるキャラクターを書くと思う。
井上:どういうこと?
今村:佐賀藩には、シュッとして、弁舌もさわやかで、薩長のメインストリームに負けてたまるか、みたいな熱を持っている人がいそう。
井上:それは面白い。
今村:本といえば、井上さんが書いた本も読ませてもらったけど、嘘じゃなく、結構読みやすかったし、いいなと思った。小難し過ぎず、簡単過ぎず、ちょうどいい按配。読者層を選ばないから、作家目線で、「これ、当たる要素あるぞ」と率直に感じた。
井上:嬉しいなあ。
今村:ビジネス本かといわれると、ビジネス本じゃないと思った。けど、啓発本かといわれると、啓発本でもない。強いていえば新しいジャンル。上から偉そうに「言うことを聞け」みたいな雰囲気はなく、すっと入ってくる感じ。素の井上さんが出ていて、いつも僕が一緒にいて学んでいることが、結構出てるなと思った。「よう言うてはるわ、こういうこと」「これをしゃべっている放送のとき、俺いたわ」みたいな。
ビジネスの人たちだけじゃなくて、家庭の中にも持ち込める内容だし、年代も老若男女いける気がする。僕も頑張って井上さんの本を売るわ。
※本稿は『伝わるチカラ』(ダイヤモンド社)の刊行を記念しての特別対談です。