初の著書『伝わるチカラ』(ダイヤモンド社)を上梓したTBSの井上貴博アナウンサー。実はアナウンサーになろうとは1ミリも思っていなかったというのだが、一体どのようにして報道の第一線で勝負する「伝わるチカラ」を培ってきたのだろうか?「地味で華がない」ことを自認する井上アナが実践してきた52のことを初公開! 人前で話すコツ、会話が盛り上がるテクなど、仕事でもプライベートでも役立つノウハウと、現役アナウンサーならではの葛藤や失敗も赤裸々に綴る。
※本稿は、『伝わるチカラ』より一部を抜粋・編集したものです。

【TBSアナウンサーが教える】<br />「わかりやすく伝える」より大切なこと

模範的アナウンサーの逆を行く

【前回】からの続き

「井上の進行は、わかりやすい。理路整然としている。けれど、引っかからない。“違和感”がないんだよな

みのさんから『朝ズバッ!』のバトンを引き継いでほどなくして、大御所の番組スタッフから指摘されたことです。

私は、その指摘を、すんなりと受け止められずにいました。

「わかりやすく伝えるのが一番でしょう。引っかからないってなんだ。違和感ってなんだよ……」

ところが、落ち着いてよく考えてみたところ、私なりに番組スタッフの言葉を解釈することができました。

「わかりやすく伝える」というのは、よいことのように思えていたのですが、実際のところ私自身の感覚でわかりやすく伝えているつもりになっていただけで、もしかしたら自己満足にすぎず、自分のしゃべりに気持ちよくなっていただけかもしれない。少なくとも番組スタッフには、そういう側面を感じとられたのだと思い直したのです。

また、「引っかかる」とか「面白みを感じる」というのは、伝える側ではなく、伝えられる側(視聴者)の感覚です。番組スタッフが指摘してくれたことは、まさに伝えられる側の感覚であり、そこに伝わってこそ初めて“伝わる可能性”が芽生える。そして、この点を突き詰めないと、私に先はない。

「伝える」の先にある「伝わる」ということを意識するきっかけとなった指摘でした。

考えてみれば、音楽のコンサートでも演劇の舞台でも、素晴らしく滞りのないプロのパフォーマンスに魅了されるのは当然です。しかし、それ以上に、ちょっとしたトチりやアドリブのほうが、記憶に刻まれることがあります。

その場、その瞬間でしか得られないライブだからこそ、トチりやアドリブを見られたことに対して“お得感”を覚えるのでしょう。プロとして滞りなく無難にこなすことが、最上の仕事ではないと心を入れ替えるきっかけになったのです。

それから自分自身と向き合って考えながら、自分の指針を導き出しました。どれも模範的なアナウンサーとは、逆行することでもあります。

優等生的なコメントをしない
定型句(よく使われる決まり文句や表現)を使わない
不自然なほど“間”をとってみる
ふざけてみる
嫌われてみる
時代の流れに逆らってみる
滑舌悪くしゃべってみる
小声でつぶやいてみる
髪型を少し変えてみる
白髪を1本出してみる

ちょっと迷走していることが、おわかりいただけるでしょう。明確な正解があるわけではないのです。

「伝える」の先にある「伝わる」ということを模索している途上であり、毎日が試行錯誤の連続なのです。そうしたなかで自分が成長していくのだと思っています。

本稿は、『伝わるチカラ』より一部を抜粋・編集したものです。

井上貴博(いのうえ・たかひろ)
TBSアナウンサー
1984年東京生まれ。慶應義塾幼稚舎、慶應義塾高校を経て、慶應義塾大学経済学部に進学。2007年TBSテレビに入社。以来、情報・報道番組を中心に担当。2010年1月より『みのもんたの朝ズバッ!』でニュース・取材キャスターを務め、みのもんた不在時には総合司会を代行。2013年11月、『朝ズバッ!』リニューアルおよび、初代総合司会を務めたみのもんたが降板したことにともない、2代目総合司会に就任。2017年4月から、『Nスタ』平日版のメインキャスターを担当、2022年4月には第30回橋田賞受賞。同年同月から自身初の冠ラジオ番組『井上貴博 土曜日の「あ」』がスタート。同年5月、初の著書『伝わるチカラ』刊行。