当時、多くの企業がトランプ大統領に従い、工場を米国に移転させた。トランプ政権期、コロナ禍が起こるまでは米国経済は非常に好調だった。しかし、好調な経済にもかかわらず、労働者の雇用は増えなかった。
工場の多くが自動化されたことで、未熟練労働者の働き口がなくなったのだ。そのため、石炭や鉄鋼といった産業の衰退が進む「ラストベルト」地域の労働者が、「トランプ大統領はうそつきだ」と反発する事態を招いた。
だが今の日本は、米国の事例を他山の石としておらず、いまだにAIを「未熟練労働者の代替」だと位置付けている印象だ。かといって、米国のように国を挙げて工場の全面自動化を進めてきたわけでもなく、全てが中途半端である。
その要因はいくつか考えられる。一つは年功序列・終身雇用が今も根強く残り、非正規社員を切り捨ててでも正社員の雇用を守ろうとする企業が多いこと。もう一つは、1980年代に通商産業省(当時)主導で、欧米に先駆けて初期のAIを導入するプロジェクトを推進し、失敗した悪夢があることだ。
もし岸田首相が、新政策によってこうした状況を変えたいのであれば、単にAI関連の研究活動に投資するだけでは不十分だ。過去の失敗事例を踏まえて「AIの発展に伴う雇用面のデメリット」という視点を盛り込み、それに対する改善策を併せて議論すべきではないだろうか。
日本のスタートアップ投資も遅れており
自慢できるレベルではない
実行計画における「スタートアップ」の項目では、新興企業への投資額を5年で10倍に増やすことを視野に入れた「5カ年計画」を年末に策定するとしている。
だが、日本政府のスタートアップ支援は他の先進国に比べて相当に遅れており、今さら「新しいことをやっている」とアピールしていることに違和感を覚えざるを得ない。
というのも、私が大学生だった約35年前、すでに「米国の大学では、最も優秀な学生は起業する」と聞いたものだった。
例えば、大学を中退したスティーブ・ジョブズが、ビデオゲーム会社アタリを経てAppleを共同で創業したのが1976年。ビル・ゲイツがハーバード大学を休学し、Microsoftを共同経営でスタートさせたのは75年だった。
80年代、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれ、日本型の年功序列・終身雇用の企業システムは世界に称賛された時期があった。米国経済は停滞し、日本に追い越されるのではないかと言われていた。
だが、その時期の若者の起業によって生まれた萌芽は、90年代以降、米国経済を劇的に復活させた「IT革命」に結実した。
前述のスティーブ・ジョブズらに加えて、Googleを起業したラリー・ペイジやセルゲイ・ブリン、Facebookを起業したマーク・ザッカーバーグ、Amazon.comを起業したジェフ・ベゾスらが登場して、「GAFAM」と呼ばれる国際的巨大IT企業群が次々と米国で台頭したのだ。