「経済面」の思惑は、ロシアへの経済制裁が、米英系石油メジャーが失ってきた欧州の利権をロシアから取り戻す好機だということだ。「政治面」の思惑は、紛争が長引けば長引くほど、プーチン大統領は政治的に追い込まれ、崩壊する可能性が高まるということだ。

 今後、国際社会でロシアがますます孤立し、軍事行動が失敗だったと多くのロシア国民が気づけば、大統領の失脚、暗殺、政権転覆、クーデターの動きが出てくるかもしれない(第299回)。

 経済的・政治的なメリットがあるために、米英は積極的に戦争を止める必要がない。一方で、米英は、実はいつ戦争が終わっても構わないといえる。現時点でも「戦争に勝利した」といえる状況にあるからだ。それが、米英の立場をより強力にしている。

ウクライナ戦争において
米英がすでに「勝者」である理由

 というのも、そもそもウクライナ戦争が始まる前から、米英など北大西洋条約機構(NATO)はロシアに勝利したといえる状況だった。

 歴史をひもとくと、東西冷戦期はドイツが東西に分裂し、「ベルリンの壁」で東西両陣営が対峙(たいじ)したこともあった。確かに当時、旧ソ連の影響圏は東ドイツまで広がっていた。

 しかし東西冷戦終結後、旧共産圏の東欧諸国をはじめ、旧ソ連領だった国は次々と民主化した。その結果、約30年間にわたってNATO・EUは東方に拡大した。

 現在ではベラルーシ、ウクライナなど数カ国を除き、旧ソ連の影響圏だった国のほとんどがNATO・EU加盟国になった。その結果、ロシアの勢力圏は東ベルリンからウクライナ・ベラルーシのラインまで大きく後退した(第297回)。

 つまり、東西冷戦後の欧州における勢力争いで、ロシアはすでに米英などNATOに敗北していたと言っても過言ではない状況だ。2014年のロシアによるクリミア半島占拠は、「大国ロシア」復活を強烈に印象付けたようにみえるが、実際はそうではない。

 ボクシングに例えるならば、リング上で攻め込まれ、ロープ際まで追い込まれたダウン寸前のボクサーが、かろうじて繰り出したジャブのようなものにすぎなかったのだ(第77回)。

 そのため、ウクライナ戦争が始まる前も、「大国ロシア」が復活していたわけではない。

 むしろロシアにとって、昨今のNATOとの力関係は2014年よりも深刻な状況だった。クリミア半島併合後、ウクライナでは自由民主主義への支持が高まっていたからだ。さらに当時は、具体的な動きはなかったものの、NATO・EUへの加盟のプロセスの実現可能性が高まっていた。

 その証拠に、ウクライナ戦争が開戦した時、プーチン大統領は米国とNATOに対して次の「三つの要求」を突き付けていた。